洗練されたバルトーク~パーヴォ×N響 最終シーズンの幕開け
Mainichi
アンコール
2/10/2021
コロナ禍のため約1年半余の間、開催が見合わされていたNHK交響楽団の定期公演の再開第1弾となった9月定期公演Cプログラムについて振り返る。指揮はN響首席指揮者としては最後のシーズンを迎えたパーヴォ・ヤルヴィ。プログラムはオール・バルトークで組曲「中国の不思議な役人」と管弦楽のための協奏曲。取材したのは10日の公演。
(宮嶋 極)
パーヴォが久々に登場したN響6月公演(定期に代わる演奏会)の突き抜けたような名演に勝るとも劣らない素晴らしい演奏を再び聴くことができた。筆者は当サイト「先月のピカイチ、来月のイチオシ」のコーナーでこの演奏会を9月のイチオシに挙げたが(先月のピカイチ 来月のイチオシ:6月N響公演 シェフ、パーヴォ・ヤルヴィとの極上の響き……21年7月)やはり正解であった。高度なアンサンブルに裏打ちされ、洗練されたバルトークを聴ける機会はそう多くはないからだ。両曲ともに個人技やパートごとに高い演奏技術・表現を求められる箇所が随所に登場するのだが、どのプレイヤー、いずれのセクションもいつにも増して粒がそろっていたように感じられた。それだけにとどまらず、それらが一体となってパーヴォが指し示す方向に向かって緻密にアンサンブルを組み立てて主張のある音楽が作り上げられていくさまは見事であった。終演後、オケが退場後にステージに再登場したパーヴォは満足そうな笑みを浮かべて盛大な拍手に応えていた。今シーズン限りでパーヴォの任期が終わるのは惜しいと、聴衆の多くが感じたに違いない(次期首席指揮者ファビオ・ルイージとはここ数年、高水準な演奏が多く披露されているので、それはそれで期待されるのだが……)。出来れば退任後も名誉〇〇的なタイトルで、定期的に客演を続けてほしいものである。
この公演を聴き終えてふと昔を思い出した。それは1980年代終わりから90年代の初頭のこと。当時N響理事長であった川口幹夫氏(在任期間86~91年)、青木賢児氏(同91~96年)を取材した際、お二方とも口をそろえて「N響は一流のオーケストラになったが、まだ超一流とはいえない。それを実現させることがこれからの課題」と語っていた。それがパーヴォ時代を経て限りなく実現に肉薄できたのではないかと感じたからだ。筆者がN響を初めて生で聴いた時から約半世紀がたつ。この間、サヴァリッシュ、デュトワ、アシュケナージ、プレヴィンらの名指揮者たちが音楽監督などのポジションに就いてオケをリードしてきた。彼らの薫陶のもとアンサンブルは充実し、表現も深まった。
しかし、パーヴォの時代の決定的な違いは指揮者とメンバーが一緒になって音楽を作り上げているという雰囲気が醸成されたことである。それまではどこか教わっている感が強かった。少なくとも客席からはそう見えた。その典型はN響の骨格を作ったといわれるサヴァリッシュであろう。N響を指揮する彼の姿はまるで先生のようであり、当時の経営陣や幹部団員が彼のことを語る時「サヴァリッシュ先生」と言う人が幾人もいた。しかし、今「ヤルヴィ先生」という人はいない。N響のレベルが世界のトップ指揮者のひとりであるパーヴォの域に近づいたことの表れのひとつであろう。そんなところにもN響が超一流に肉薄しつつあると感じた次第である。
なお、この公演では感染防止対策として最初に管・打楽器奏者がステージに板付きとなった後、指揮者とコンマスを先頭に弦楽器のメンバーが舞台中央に座る人から順に入場するなど、メンバーの交錯を減らす措置が取られていた。
公演データ
【NHK交響楽団 9月定期公演Cプログラム】
9月10日(金)19:30 11日(土)14:00 東京芸術劇場コンサートホール
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
コンサートマスター:篠崎史紀
バルトーク:組曲「中国の不思議な役人」
バルトーク:管弦楽のための協奏曲
筆者プロフィル
宮嶋 極(みやじま きわみ) 毎日新聞グループホールディングス取締役、番組・映像制作会社である毎日映画社の代表取締役社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。
https://mainichi.jp/articles/20210930/org/00m/200/002000d
Comments