オーケストラにもお国柄 N響指揮者の対話法とは


8.11.2018

NHK交響楽団 首席指揮者 パーヴォ・ヤルヴィ氏(下)


N響首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィ氏は柔軟なコミュニケーション能力の大切さを強調する


世界的な指揮者のパーヴォ・ヤルヴィ氏(55)。指揮者を企業の最高経営責任者(CEO)に例える同氏は、相手に応じた柔軟なコミュニケーション能力が指揮者には欠かせないと指摘し、また、クラシック界の将来のためにも女性指揮者の育成が大切と強調する。(前回の記事は「『指揮者はCEO』 N響・外国人トップの組織管理術」)

■ドイツ、フランス、米国でこんなにも違う

――様々な国のオーケストラを指揮していますが、国によってコミュニケーションやリーダーシップの取り方も変えるのでしょうか。

「お国柄の違いは明確にあります。指揮者は、常にその違いを頭に入れて指揮しないと、ベストのパフォーマンスを引き出すことはできません。でも、実際にやってみると、それほど簡単ではありません」

「例えば、ドイツのオーケストラは、奏者らが何らかの理由で指揮者のことを嫌っていても、とりあえず指揮者の言うことに従い演奏します。これは、ヒエラルキー(序列)を重んじるドイツ人の国民性からきているのだと思います」

「同じ欧州でもフランスは全く違います。フランス人は権力全般に対し愛憎相半ばする感情を抱く国民性です。指揮者に対する奏者の気持ちも同様で、指揮者を頼りにする半面、指揮者の言葉には本能的に反発します。従って、なかなか言うことを聞いてくれません。ではどうするかというと、自分は自発的にそうしているんだと相手に思わせるような言い回しで指示を出します。上手に導くのがカギです」

「米国人はもっと簡単です。彼らは現実主義者なので、シンプルで明確な指示を出せば、その通りに動きます。ただ、米国の奏者は基本的に、指揮者は自分たちの敵だと思っています。これには歴史的背景があります。米国では、20世紀半ばに、威圧的な指揮者による権力の乱用が問題になりました。このため労働組合運動が活発化し、指揮者を含むマネジメント側と、奏者の対立がしばらく続きました」

「米国では学校でも、指揮者は敵だ、マネジメントは敵だと教えられます。それが若い奏者の頭の中に刷り込まれているのです。今は、権力の乱用も指揮者と奏者の間の対立もありませんが、集団としての記憶は残っています。米国で指揮する時は、こうした米国の歴史に注意する必要があります」



――グローバル経営でコミュニケーション能力が重視されるビジネスの世界同様、オーケストラの世界もリーダーに必要なのは、やはりコミュニケーション能力ということなのでしょうか。

■日本人は信じがたいほど序列を意識
N響を指揮するヤルヴィ氏(T. Mochizuki/NHKSO)

「その通りです。自分がこれから指揮するオーケストラのメンバーが、こちらの態度や言葉づかいにどう反応するかを素早く感じ取り、最善のコミュニケーションの方法を選択することが、指揮者にとって極めて大切です」

「ただし、相手に配慮しすぎて必要なことをきちんと伝えることができなかったら、それもまた指揮者としては問題です。オーケストラの奏者はみな高いプロ意識を持っています。向上心もあります。ですから、自分に足りないところやおかしなところがあれば、正直に指摘してもらえることを望んでいます」

「にもかかわらず、指揮者が関係をギクシャクさせたくないがために、例えば、誰が見ても出来が悪いのに『今日はよかった』などと明らかなウソをついたら、逆に関係を悪化させます。いかに相手の尊厳を踏みにじることなく、言いたいことを相手に伝えるか。その能力が指揮者には求められているのです」

――とはいえ、指揮者も人間ですから、奏者があまりにも言うことを聞かなかったりミスを繰り返したりした時に、キレることがあるのではないですか。

「人間はミスをするものです。私もミスをします。ですから、ミスには寛容な姿勢が大切です。ただ、あまりにも同じ人間がミスを繰り返すようなら、そこは別の対応を考えなければなりません」

「指揮者ができることは、まず、本人とじっくり話をし、原因を探ることです。何か精神的な問題があるのかもしれないし、家庭の事情で練習ができないのかもしれない。とにかく話し合いが大切です。その上で問題が解決できなければ、解雇という選択肢も可能性としてはありますが、現実問題としては非常に難しい」

「米国のオーケストラで指揮をしていた時、期待していたパフォーマンスを発揮することができなかった奏者に、結局、辞めてもらったことがありました。しかし、これは例外的なケースです。人事問題は、一般の企業同様、答えを見つけるのが非常に難しい問題です」

――日本のオーケストラも長年指揮していますが、日本人に対してはどんな印象を持っていますか。

「指揮者にとっては、日本は非常にやりやすい国です。なぜなら、日本人は信じがたいほど強い序列意識の持ち主だからです。どの楽団にも明確なリーダーシップの序列があり、メンバーは組織内の序列に常に注意を払いながら行動します。ですから、われわれ指揮者の話も素直に聞いてくれます。フランスでは絶対にあり得ないことです」

――日本人は上に従順ということでしょうか。

「従順というよりは、プロフェッショナルと言ったほうが正しい表現です。日本の奏者は自分をしっかり持っていますし、頑固なところは頑固です。また、常にベストを尽くそうとしますし、ミスは許されないという気持ちも強い。日本のオーケストラを指揮することは、大きな喜びです」

■女性指揮者を増やすことは極めて重要
「女性指揮者を育てたい」と語るヤルヴィ氏

――若手指揮者の育成にも熱心と聞きます。

「私は米国に移住していますが、生まれ故郷のエストニアで、指揮者を養成するためのスクールを運営しています。毎夏、世界中から20代を中心とする若手の指揮者が集い、実践的な練習を通じて技術を磨いています。また、受講生の半分を女性とする方針も掲げています。今年の夏は、半分には達しませんでしたが、それでも18人中、6人が女性でした」

――確かに、ビジネスや政治の世界では女性リーダーの台頭が目立ちますが、女性指揮者は、あまり見かけません。

「これまで女性指揮者がほとんどいなかった理由は、他の多くの分野で女性リーダーがいなかったのと同様、女性はリーダーになることを奨励されていなかったからです」

「最近は女性の指揮者も急速に増えています。実際、私が首席指揮者を務めるNHK交響楽団の2人のアシスタント指揮者のうち、1人は女性です。しかし全体から見れば、女性指揮者はまだ圧倒的に少数派です」

「女性指揮者にとって大きな問題は、ロールモデルの不在です。男性指揮者の場合は、カラヤンやバーンスタインをはじめロールモデルはいくらでもいます。女性も男性指揮者を手本とすればいいではないかとの考え方もあるかもしれません。しかし女性は、指揮者としての体の動かし方や奏者とのコミュニケーションの取り方などが、どうしても男性と違うので、男性指揮者をロールモデルとするのは難しい面があります」

「現状、女性指揮者のロールモデルがなかなかいない中では、彼女たちの指揮の技術が向上するよう、直接支援することが大切です。私のスクールで女性の受講生を多くとっているのも、そのためです。女性の指揮者を増やすことは、クラシック界全体のためにも非常に大切なことだと私は思います」
パーヴォ・ヤルヴィ
旧ソ連(現エストニア)生まれ。米カーティス音楽院を出て、シンシナティ交響楽団音楽監督、パリ管弦楽団音楽監督などを歴任。現在はNHK交響楽団首席指揮者、ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団芸術監督などを兼任する。

(ライター 猪瀬聖)



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