「指揮者はCEO」 N響・外国人トップの組織管理術

style.nikkei.com
1.11.2018


NHK交響楽団首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィ氏


 現代を代表する指揮者のひとり、パーヴォ・ヤルヴィ氏(55)。現在もNHK交響楽団(N響)やドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団を率いるなど、世界的な人気だ。そのヤルヴィ氏は「指揮者は企業の最高経営責任者(CEO)に似ている」と語る。

■知名度上げるプロモーション活動も仕事

 ――N響の首席指揮者に就任して4年目です。

 「大変満足しています。N響はすばらしいオーケストラで、シカゴ交響楽団やロンドン交響楽団など欧米のオーケストラと比べても決して引けをとりません」

「残念なのは、地理的に遠いため、欧米における知名度や認知度がそれほど高くないことです。知名度を上げるために海外ツアーなどのプロモーション活動を強化することも、首席指揮者としての私の重要な任務の一つです」

 ――プロモーション活動まで担うあたりは、ビジネスマンのようです。

 「指揮者と企業経営者はよく似ています。例えば、製薬会社のCEOは、必ずしも薬の作り方を知っているわけではありませんが、製薬会社を経営することはできます。そして、人を雇い、組織を管理し、長期戦略を立て、どうすれば組織を成長させられるか、知名度を上げることができるかといった課題に取り組み、成果を上げる。それがCEOの仕事です」

 「指揮者も同じです。指揮者は、オーケストラのすべての楽器を演奏できるわけではありませんが、オーケストラを束ねることはできます」

 「それに、指揮者の仕事は、単にタクトを振るだけではありません。その楽団の成長戦略を練り、採用オーディションに立ち会い、また、自らメディアに出るなど先頭に立って組織を売り込むこともします。特に首席指揮者のように楽団に対して大きな責任を持つ立場の指揮者は、経営者的な役割を果たすことがより求められています」

「CEOが業績不振の責任をとって辞任するように、指揮者もコンサートが振るわなければお払い箱です。そこまで一緒です」

■バーンスタイン氏は「優しく厳しい」リーダー

 ――企業経営者と同様、指揮者にも良い指揮者とそうでない指揮者がいるかと思いますが、良い指揮者の条件は何ですか。

 「2つあります。一つは、当然ですが、音楽に関する高い才能です。もう一つは、人としての資質です。具体的には、オーケストラの奏者たちと良好な関係を築きながら一緒に仕事ができる才能です。いくら音楽の才能があっても、必ずしも人としての資質が備わっているわけではありません。そこが難しいところです」
バーンスタイン氏(右)の指導を受けるヤルヴィ氏=ヤルヴィ氏提供

 「総勢100人規模になるオーケストラの奏者は、みな選ばれし者だけに、個性の強い人たちばかりです。一流の音楽学校を出ているので、技術には自信を持っており、プロ意識も高い。音楽に関しては頑固な面もある。そんな奏者たちと良好な関係を築きながら一緒に仕事をしていく能力がないと、良い指揮者にはなれません」

 ――具体的には、どのようにして良好な関係を築くのでしょうか。

 「首席指揮者の場合、1シーズンのうち12~14週間ほど、そのオーケストラのメンバーと一緒に仕事をします。その間に時間をかけて互いを理解し、信頼関係を築いていきます。信頼関係の構築に近道はありません」

 「現実には、奏者はプロ意識の高い人たちばかりですから、そうひんぱんに問題は起きませんが、まれにプロ意識に欠け、傲慢で、人の話を聞かない人がいます。そういう人をどう上手にマネジメントできるかが全体のパフォーマンスにも影響してきます」

 「オーケストラのメンバーとの人間関係をどう築いていくかは、音楽学校では教えてくれません。私もそうでしたが、日々の仕事の中で、失敗を積み重ね、試行錯誤しながら、身につけていくしかないのです」

 「正直、今の私は、かなり経験も積んでいるので、オーケストラの奏者と信頼関係を築くのも、問題奏者をうまくマネジメントするのも、それほど苦ではありあせん。むしろ楽しんでやっています」

 ――若いころ、伝説の指揮者レナード・バーンスタイン氏に師事しましたね。

 「彼はカリスマ性があり、まさにスターのような存在でした。常に大勢の人が彼をとり囲み、彼の一挙手一投足を追い、彼の言葉に耳を傾けました。バーンスタイン氏は、人を引き付ける才能に非常にたけていました」

 「リーダーとしても非凡な才能を持っていました。彼は自分の弟子や部下たちにいつも優しく接しつつ、同時に、常にプロとして高いレベルのものを要求しました。一言で言えば優しく厳しいリーダーでした」

 ――そんな恩師から何を学びましたか。

 「全てです。技術的な面もたくさん学びましたが、リーダーシップに関しても多くを得ました。彼の指導方法の特徴は、個々のモチベーションを高めることで、全体のパフォーマンスを上げるところにあります」

 「例えば、私の指揮を一通り見たあと、『グレート、センセーショナル、ファンタスティック』などと褒めちぎり、思い切り持ち上げます。しかし、その直後に必ず、『でも、ここはこうしたほうがいい』とか『次はこうやってみなさい』などと、厳しく注文を付けてきます。そうした厳しい注文も、褒められてよい気分になっているので、素直に聞き入れることができるのです」

 「そんな彼の指導スタイルが私は大好きでした。部下のモチベーションを高めることができるのは、優れたリーダーの条件だと思います」

■威圧的な指揮者のイメージは過去のもの

指揮者の仕事は多岐にわたると語る

 ――よく、良い経営者と偉大な経営者は違うと言います。それに例えれば、バーンスタイン氏やヘルベルト・フォン・カラヤン氏は、誰もが認める偉大な指揮者です。良い指揮者と偉大な指揮者の違いは何ですか。

 「それに関しては私もわかりません。数字で測れるものではありませんし、決まった型があるわけでもありません。多分に主観的なものだと思います。もし、良い指揮者と偉大な指揮者との違いをきちんと説明することができるなら、もっと多くの偉大な指揮者が存在しているに違いありません」

 ――ヤルヴィさんの指導や指揮スタイルも恩師であるバーンスタイン氏のスタイルを踏襲しているのでしょうか。

 「指揮者の中には、例えばリハーサルがうまくいかないと、大声で怒鳴り散らす人もいます。私はそういうやり方は好みません。そんなことをしても、絶対によい結果は得られないからです」

 「指揮者が威圧的な態度だと、奏者のモチベーションは上がりません。モチベーションが上がらなければ、演奏にも響く。相手を脅して言うことを聞かせようとするのは、非常に非生産的なやり方です」

 「時代も違います。何十年も昔は、奏者に対し礼を欠いたり、権力を振りかざして言うことを聞かせようとしたりする指揮者も大勢いたかもしれません。社会もそれを許していました。しかし、今の時代、そういうやり方は、社会に受け入れられません」
パーヴォ・ヤルヴィ
 旧ソ連(現エストニア)生まれ。米カーティス音楽院を出て、シンシナティ交響楽団音楽監督、パリ管弦楽団音楽監督などを歴任。現在はNHK交響楽団首席指揮者、ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団芸術監督などを兼任する。

(ライター 猪瀬聖)

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Comments

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