パーヴォ・ヤルヴィ(指揮)ロング・インタビュー Part2
ebravo.jp
小室敬幸
6.12.2019
NHK交響楽団首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィに話をうかがうロング・インタビュー。後半戦はN響とのレコーディングや、2020年2〜3月に控えたヨーロッパツアーについて、じっくりと語っていただく。
── パーヴォさんの指揮するN響のCDのなかで、バルトークにとりわけ強い感銘を受けました。これまでに発売されたもののなかでは唯一、完全にロマン派から外れるものになりますよね。演奏そのものが似ているわけではないのですが、アーノンクールの指揮するヨーロッパ室内管弦楽団によるバルトークに近しいものを感じました。
私はアーノンクールの大ファンです。彼が指揮したブルックナーの交響曲は本当に革新的でしたし、独墺の音楽以外にもガーシュウィンのオペラ《ポーギーとベス》なども録音するなど、とにかく音楽に対する好奇心を人一倍もっている人物だったのです。
いまの時代、技術は完璧であっても何にも内容のない演奏が多いなか、私の知る限りアーノンクールの指揮する音楽は月並みであったことが一度もありませんでした。彼の音楽は必ずしも完璧なものではないかもしれませんが実に鮮やかで、何かを必ず語っていて説得力がある……私はN響ともそのような演奏を目指しました。
N響はどんなオーケストラよりも巧みに演奏しますが、バルトークでは、その上で出来る限りハンガリー的な精神をみんなで生み出そうとしたのです。自分でもこの録音を誇りに思っています。
── 今後も、20世紀の音楽を収録したCDのリリースが続くと伺いましたが、どのようなディスクを予定されているのでしょう?
まずは武満徹の作品集。そしてストラヴィンスキーが2枚。片方は《春の祭典》をメインとしており、もうひとつはニューヨークで振付家のバランシンとコラボレーションした作品を収めています。そしてメシアンの《トゥーランガリラ交響曲》ですね。どれも素晴らしいので、楽しみにしていてください。
── 武満については、定期演奏会などで取り上げた《弦楽のためのレクイエム》《ノスタルジア》《ハウ・スロー・ザ・ウインド》《遠い呼び声の彼方へ!》《ア・ウェイ・ア・ローン II》が収録されるそうですが、これらの曲目はどのように選ばれたのですか。
映画音楽も含めて色々なものを聴きましたが、武満の音楽は本当に幅広い。その中からどの作品を演奏すべきか実に悩みました。例えば、《ノヴェンバー・ステップス》のように日本の伝統楽器を使っているものもありますが、まだそうした楽器への理解が足りないので今回は取り上げませんでした。《ノスタルジア》や《遠い呼び声の彼方へ!》といったヴァイオリン協奏曲については、昔から仲の良い諏訪内晶子さんと一緒に演奏できたのが嬉しかった。最終的にはバラエティに富んだラインナップとなりました。
── N響の首席指揮者に就任された頃に、武満以外の作曲家を取り上げることも検討していると話されていましたが……?
細川俊夫さんや藤倉大さんをはじめ、素晴らしい日本人作曲家がたくさんいらっしゃることは承知しているのですが、2つの選択肢で悩みました。N響の首席指揮者を務める限られた期間のなかで、日本の現代作曲家をたくさん取り上げていくべきなのか、あるいはひとりの作曲家に集中すべきなのか? 後者ならばその作曲家の作品を掘り下げてCDを作ることで、記録として残せる。それは5〜6人の異なる作曲家を毎年1曲ずつやっていくより、インパクトが強いのではないかと考えたのです。
── ここからは、2020年に控えているヨーロッパツアーについてお話を聞かせてください。AからDまで、4つのプログラムが用意されていますが、そのすべてで演奏されるのが武満の《ハウ・スロー・ザ・ウインド》です。この曲を選ばれた理由は?
まずは日本の有名な作曲家による作品をひとつは入れるべきだと考え、他のプログラムとの相性も鑑みた上で決めました。先ほどお話ししたCDにも収録されるので、売れてほしいという気持ちもあります(笑)。
── 協奏曲についてはソル・ガベッタさんがシューマン《チェロ協奏曲》を、カティア・ブニアティシヴィリさんがベートーヴェン《ピアノ協奏曲第3番》を演奏されますが、これらの曲目は各々のソリストとの相談で決定されるのですよね?
そうなのですが、オーケストラのツアーなので主眼をおいているのはメインとなる交響曲の名曲──今回で言えば、ブルックナーの交響曲第7番とラフマニノフの交響曲第2番になります。また先ほどお話ししたように、日本の音楽がひとつもないというのもおかしな話です。そう考えていくと、協奏曲の長さともおのずと決まってきます。
もうひとつ、ツアー先のホールで、同じシーズンのなかで同じ曲を演奏してしまっている場合もあります。そういう指摘をされることもあるので、パズルのように考えながら決めていきました。
── ブルックナーの交響曲については、フランクフルト放送響(HR響)と全集録音が進行中ですね(いまだリリースされていないのは習作を除けば、8番のみ)。パーヴォさんからみて、フランクフルト放送響とのブルックナーと、N響とのブルックナーでは、どのような違いがあるのでしょうか。
もちろん、オーケストラの個性の違いが前提になるわけですが、N響はドイツ・ロマン派の音楽に一番共感を覚えるオーケストラだと私は考えています。これまでサヴァリッシュなどといった素晴らしいドイツの指揮者たちがN響を振っていたという歴史もありますし、楽団員たちもドイツ・ロマン派を演奏している時が最も楽なようです。
それだけでなく、私自身もフランクフルト放送響とブルックナーの第7番を録音した頃(13年前)からずいぶん経ちましたし、N響の首席指揮者に就任してから5年も歳を重ねています。だから、常にオーケストラとのコラボレーションというのは新しくなっていくのです。
── 日本のオーケストラが海外ツアーをする意義について、オケのレベルを(国際的な水準に)上げるため……という言われ方をした時期があったように思います。パーヴォさんが既に世界レベルだと評価されている現在のN響が海外にツアーに行く意義は、どこにあると考えていらっしゃるのですか?
学ぶというプロセスには決して終わりがありませんし、自分たちの慣れ親しんだ毎日のルーティーンとは異なる行動をするということも重要なのです。世界的な音楽の中心地であるウィーン、ロンドン、パリなどに行くと、自分たちの考え方が大きく変わり、若者のように「とにかく自分のベストを出さなければ!」というような気持ちに自然となるのです。
そして実際に、現地の聴衆の方々にN響を“発見”していただく絶好の機会ともなりますし、ウィーン、ロンドン、パリの評論家の方たちに評価されれば、オーケストラの楽団員にとっても自分たちのことを再確認するきっかけになっていきます。ですから、どの立場にとっても海外ツアーは良いこと尽くしなのです。
── だからこそ、毎年のように必要なのですね。
あともうひとつ、音楽大使という意味も大きいのです。この役割はとても重要で、日本からの音楽大使というと最近はJ-POPなのですよ。それが悪いとは言いませんが、日本のオーケストラが音楽大使として存在感をみせることも、日本の国にとって意味のあることではないでしょうか。
── 今回のツアーでは、パーヴォさんの母国であるエストニアにも行かれますよね。ツアーの最初に訪れるのは、意図したものなのですか。
そうです。非常に素晴らしい瞬間になると確信しています。N響と一緒に母国へ行く……これは大袈裟ではなく「私の夢が叶う」と言って過言ではありません。エストニアという国は本当に小さな国で、人口もたった150万人なので、東京よりもずっと小さいのです。そこに日本最高のオーケストラを連れて行けるというのは、本当に夢のようです。NHKの収録も入る予定になっていますので、歴史的な瞬間を放送でご覧いただけるかと思います。
── 放送という話があがりましたが、N響は日本の他のオケと異なり、頻繁に定期演奏会の模様が全国放送されていますよね。それにより、国内でも音楽大使の役割を担っているように思います。
凄いことですよ。ベルリン・フィルの「デジタル・コンサートホール」のように、多くの優れたオーケストラがウェブ上に自分のチャンネルを作ってしまう時代ですが、N響ほど定期的にコンサートがテレビで放映されるという例は、なかなかありませんから。味見程度のものではない、本格的なクラシック音楽を毎週お聴きいただけるというのは素晴らしいことで、私も非常に嬉しく思っています。
というのも先日、N響と地方ツアーに行ってきたばかりなのですが、その際に多くのお客様が「毎週テレビでN響の演奏を観ていますよ」とおっしゃってくださる。頻繁には東京へ来て定期公演をお聴きいただけないという方や、子どもたちがテレビを通してN響の演奏を観てくれているのも重要です。これは本当に、理想的な環境だと思っています。
── そろそろインタビューの残り時間も少なくなってきました。ここから、どのような音楽に力を入れていこうと考えていこうと考えているのでしょう。
まずはこれまで通り、ブルックナー、マーラー、R.シュトラウスを。そして日本ではまだ演奏機会の少ないニールセン、シベリウス、またエストニアの音楽などを取り上げたいと考えています。ひとつ何かに集中するというよりは、N響が得意とするドイツ・ロマン派と、新しい作品を混ぜていくという感じになります。
── 日本や近隣のアジア諸国では、60歳を「還暦」といって人生の節目と捉えることが多いんです。パーヴォさんもあと3年後に「還暦」を迎えられるわけですが、これまでの活動を振り返って、その内容やペースをそろそろ変えようと思われますか? それとも、これまで通りであり続けますか?
面白い質問ですね。特にこの数年というのは思っていた以上に、物事の変化が早くなっているように感じます。自分が今まで絶対だと思っていたものが揺らいだり、音楽的にも個人的な人生のあり方もこれまでの方向性を考え直したりしているところです。
具体的には、人に教えたいという思いが、自分が指揮をしたいという思いよりも高まってきています。これまで私が受けてきた恩をお返ししたいのです。だからこそ教育プログラムを色々と手掛けるようになりました。若い音楽家たちに必要な彼らを着火するためのエネルギーに貢献できればと思っています。
この1月にはパーヴォ・ヤルヴィ財団(http://paavojarvifoundation.org/)を設立しました。音楽教育に特化した団体で、若い音楽家をサポートし、教育することを目的としています。私には(父が指揮者でしたから)生まれた時から音楽がありましたが、多くの人々はそうとは限りません。エストニアでは、かなり大きくなってからTVのCMなどを通して「ああ、これがクラシック音楽か」と気付くような状況なのです。だからこそ幼稚園の段階での早期教育として、クラシック音楽を聴かせることで少しずつ変えていきたいのです。
── 今度は、指揮ではなく教育が活動の主になるということでしょうか?
いえ、指揮をやめるということはないので安心してください。指揮と並行して、この財団の仕事と夏のエストニアでのパルヌ音楽祭もやっていきます。今度は(今シーズンから音楽監督を務めている)チューリッヒのトーンハレでも、若手指揮者のためのアカデミーを始めることになっています。
60歳になったときに自分がどう考えるかはまだ分かりません。ただ今までのように世界中を旅して飛び回るという生活は、考え直すかもしれませんね。
── たくさんの率直なお話、ありがとうございました! これからも日本のみならず、世界中の音楽ファンを魅了してくださること、楽しみにしております。
(通訳:井上裕佳子/取材協力:NHK交響楽団)
Part1はこちら
profile
パーヴォ・ヤルヴィ / Paavo Järvi
2019年9月にNHK交響楽団首席指揮者として5シーズン目を迎えたパーヴォ・ヤルヴィは、これまで重点的に採り上げてきたドイツ・ロマン派や北欧、ロシアの作品に加えて、オール・ポーランド・プログラムなど意欲的な曲目にも取り組んでいる。その挑戦する姿勢は、発信力の強さと相まって、N響のみならず、日本のオーケストラ界全体にとって大きな刺激となっている。海外活動にも積極的で、2020年2月から3月にはN響と2度目となるヨーロッパ公演を行う。
エストニアのタリン生まれ。現地の音楽学校で学んだ後、アメリカのカーティス音楽院で研鑽を積み、バーンスタインにも師事。シンシナティ交響楽団、hr交響楽団、パリ管弦楽団などの要職を歴任。現在は、ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団芸術監督、エストニア祝祭管弦楽団の芸術監督などを務める。2019/20年シーズンからはチューリヒ・トーンハレ管弦楽団の音楽監督兼首席指揮者に就任。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団などの名門オーケストラにも客演し、現代を代表する指揮者のひとりとして、世界で活躍している。
http://www.paavojarvi.com/
Information
パーヴォ・ヤルヴィ(指揮) NHK交響楽団
2月定期公演
◎Aプログラム
2020.2/15(土)18:00、2/16(日)15:00 NHKホール
アブラハムセン:ホルン協奏曲、ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調
◎Bプログラム
2020.2/5(水)、2/6(木)各日19:00 サントリーホール
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第1番、ラフマニノフ:交響曲第2番
◎Cプログラム
2020.1/31(金)19:00、2/1(土)15:00 NHKホール
ショスタコーヴィチ:バレエ組曲第1番、チェロ協奏曲第2番、交響曲第5番
問:N響ガイド03-5793-8161
https://www.nhkso.or.jp/
小室敬幸
6.12.2019
NHK交響楽団首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィに話をうかがうロング・インタビュー。後半戦はN響とのレコーディングや、2020年2〜3月に控えたヨーロッパツアーについて、じっくりと語っていただく。
── パーヴォさんの指揮するN響のCDのなかで、バルトークにとりわけ強い感銘を受けました。これまでに発売されたもののなかでは唯一、完全にロマン派から外れるものになりますよね。演奏そのものが似ているわけではないのですが、アーノンクールの指揮するヨーロッパ室内管弦楽団によるバルトークに近しいものを感じました。
私はアーノンクールの大ファンです。彼が指揮したブルックナーの交響曲は本当に革新的でしたし、独墺の音楽以外にもガーシュウィンのオペラ《ポーギーとベス》なども録音するなど、とにかく音楽に対する好奇心を人一倍もっている人物だったのです。
いまの時代、技術は完璧であっても何にも内容のない演奏が多いなか、私の知る限りアーノンクールの指揮する音楽は月並みであったことが一度もありませんでした。彼の音楽は必ずしも完璧なものではないかもしれませんが実に鮮やかで、何かを必ず語っていて説得力がある……私はN響ともそのような演奏を目指しました。
N響はどんなオーケストラよりも巧みに演奏しますが、バルトークでは、その上で出来る限りハンガリー的な精神をみんなで生み出そうとしたのです。自分でもこの録音を誇りに思っています。
── 今後も、20世紀の音楽を収録したCDのリリースが続くと伺いましたが、どのようなディスクを予定されているのでしょう?
まずは武満徹の作品集。そしてストラヴィンスキーが2枚。片方は《春の祭典》をメインとしており、もうひとつはニューヨークで振付家のバランシンとコラボレーションした作品を収めています。そしてメシアンの《トゥーランガリラ交響曲》ですね。どれも素晴らしいので、楽しみにしていてください。
── 武満については、定期演奏会などで取り上げた《弦楽のためのレクイエム》《ノスタルジア》《ハウ・スロー・ザ・ウインド》《遠い呼び声の彼方へ!》《ア・ウェイ・ア・ローン II》が収録されるそうですが、これらの曲目はどのように選ばれたのですか。
映画音楽も含めて色々なものを聴きましたが、武満の音楽は本当に幅広い。その中からどの作品を演奏すべきか実に悩みました。例えば、《ノヴェンバー・ステップス》のように日本の伝統楽器を使っているものもありますが、まだそうした楽器への理解が足りないので今回は取り上げませんでした。《ノスタルジア》や《遠い呼び声の彼方へ!》といったヴァイオリン協奏曲については、昔から仲の良い諏訪内晶子さんと一緒に演奏できたのが嬉しかった。最終的にはバラエティに富んだラインナップとなりました。
── N響の首席指揮者に就任された頃に、武満以外の作曲家を取り上げることも検討していると話されていましたが……?
細川俊夫さんや藤倉大さんをはじめ、素晴らしい日本人作曲家がたくさんいらっしゃることは承知しているのですが、2つの選択肢で悩みました。N響の首席指揮者を務める限られた期間のなかで、日本の現代作曲家をたくさん取り上げていくべきなのか、あるいはひとりの作曲家に集中すべきなのか? 後者ならばその作曲家の作品を掘り下げてCDを作ることで、記録として残せる。それは5〜6人の異なる作曲家を毎年1曲ずつやっていくより、インパクトが強いのではないかと考えたのです。
── ここからは、2020年に控えているヨーロッパツアーについてお話を聞かせてください。AからDまで、4つのプログラムが用意されていますが、そのすべてで演奏されるのが武満の《ハウ・スロー・ザ・ウインド》です。この曲を選ばれた理由は?
まずは日本の有名な作曲家による作品をひとつは入れるべきだと考え、他のプログラムとの相性も鑑みた上で決めました。先ほどお話ししたCDにも収録されるので、売れてほしいという気持ちもあります(笑)。
── 協奏曲についてはソル・ガベッタさんがシューマン《チェロ協奏曲》を、カティア・ブニアティシヴィリさんがベートーヴェン《ピアノ協奏曲第3番》を演奏されますが、これらの曲目は各々のソリストとの相談で決定されるのですよね?
そうなのですが、オーケストラのツアーなので主眼をおいているのはメインとなる交響曲の名曲──今回で言えば、ブルックナーの交響曲第7番とラフマニノフの交響曲第2番になります。また先ほどお話ししたように、日本の音楽がひとつもないというのもおかしな話です。そう考えていくと、協奏曲の長さともおのずと決まってきます。
もうひとつ、ツアー先のホールで、同じシーズンのなかで同じ曲を演奏してしまっている場合もあります。そういう指摘をされることもあるので、パズルのように考えながら決めていきました。
── ブルックナーの交響曲については、フランクフルト放送響(HR響)と全集録音が進行中ですね(いまだリリースされていないのは習作を除けば、8番のみ)。パーヴォさんからみて、フランクフルト放送響とのブルックナーと、N響とのブルックナーでは、どのような違いがあるのでしょうか。
もちろん、オーケストラの個性の違いが前提になるわけですが、N響はドイツ・ロマン派の音楽に一番共感を覚えるオーケストラだと私は考えています。これまでサヴァリッシュなどといった素晴らしいドイツの指揮者たちがN響を振っていたという歴史もありますし、楽団員たちもドイツ・ロマン派を演奏している時が最も楽なようです。
それだけでなく、私自身もフランクフルト放送響とブルックナーの第7番を録音した頃(13年前)からずいぶん経ちましたし、N響の首席指揮者に就任してから5年も歳を重ねています。だから、常にオーケストラとのコラボレーションというのは新しくなっていくのです。
── 日本のオーケストラが海外ツアーをする意義について、オケのレベルを(国際的な水準に)上げるため……という言われ方をした時期があったように思います。パーヴォさんが既に世界レベルだと評価されている現在のN響が海外にツアーに行く意義は、どこにあると考えていらっしゃるのですか?
学ぶというプロセスには決して終わりがありませんし、自分たちの慣れ親しんだ毎日のルーティーンとは異なる行動をするということも重要なのです。世界的な音楽の中心地であるウィーン、ロンドン、パリなどに行くと、自分たちの考え方が大きく変わり、若者のように「とにかく自分のベストを出さなければ!」というような気持ちに自然となるのです。
そして実際に、現地の聴衆の方々にN響を“発見”していただく絶好の機会ともなりますし、ウィーン、ロンドン、パリの評論家の方たちに評価されれば、オーケストラの楽団員にとっても自分たちのことを再確認するきっかけになっていきます。ですから、どの立場にとっても海外ツアーは良いこと尽くしなのです。
── だからこそ、毎年のように必要なのですね。
あともうひとつ、音楽大使という意味も大きいのです。この役割はとても重要で、日本からの音楽大使というと最近はJ-POPなのですよ。それが悪いとは言いませんが、日本のオーケストラが音楽大使として存在感をみせることも、日本の国にとって意味のあることではないでしょうか。
── 今回のツアーでは、パーヴォさんの母国であるエストニアにも行かれますよね。ツアーの最初に訪れるのは、意図したものなのですか。
そうです。非常に素晴らしい瞬間になると確信しています。N響と一緒に母国へ行く……これは大袈裟ではなく「私の夢が叶う」と言って過言ではありません。エストニアという国は本当に小さな国で、人口もたった150万人なので、東京よりもずっと小さいのです。そこに日本最高のオーケストラを連れて行けるというのは、本当に夢のようです。NHKの収録も入る予定になっていますので、歴史的な瞬間を放送でご覧いただけるかと思います。
── 放送という話があがりましたが、N響は日本の他のオケと異なり、頻繁に定期演奏会の模様が全国放送されていますよね。それにより、国内でも音楽大使の役割を担っているように思います。
凄いことですよ。ベルリン・フィルの「デジタル・コンサートホール」のように、多くの優れたオーケストラがウェブ上に自分のチャンネルを作ってしまう時代ですが、N響ほど定期的にコンサートがテレビで放映されるという例は、なかなかありませんから。味見程度のものではない、本格的なクラシック音楽を毎週お聴きいただけるというのは素晴らしいことで、私も非常に嬉しく思っています。
というのも先日、N響と地方ツアーに行ってきたばかりなのですが、その際に多くのお客様が「毎週テレビでN響の演奏を観ていますよ」とおっしゃってくださる。頻繁には東京へ来て定期公演をお聴きいただけないという方や、子どもたちがテレビを通してN響の演奏を観てくれているのも重要です。これは本当に、理想的な環境だと思っています。
── そろそろインタビューの残り時間も少なくなってきました。ここから、どのような音楽に力を入れていこうと考えていこうと考えているのでしょう。
まずはこれまで通り、ブルックナー、マーラー、R.シュトラウスを。そして日本ではまだ演奏機会の少ないニールセン、シベリウス、またエストニアの音楽などを取り上げたいと考えています。ひとつ何かに集中するというよりは、N響が得意とするドイツ・ロマン派と、新しい作品を混ぜていくという感じになります。
── 日本や近隣のアジア諸国では、60歳を「還暦」といって人生の節目と捉えることが多いんです。パーヴォさんもあと3年後に「還暦」を迎えられるわけですが、これまでの活動を振り返って、その内容やペースをそろそろ変えようと思われますか? それとも、これまで通りであり続けますか?
面白い質問ですね。特にこの数年というのは思っていた以上に、物事の変化が早くなっているように感じます。自分が今まで絶対だと思っていたものが揺らいだり、音楽的にも個人的な人生のあり方もこれまでの方向性を考え直したりしているところです。
具体的には、人に教えたいという思いが、自分が指揮をしたいという思いよりも高まってきています。これまで私が受けてきた恩をお返ししたいのです。だからこそ教育プログラムを色々と手掛けるようになりました。若い音楽家たちに必要な彼らを着火するためのエネルギーに貢献できればと思っています。
この1月にはパーヴォ・ヤルヴィ財団(http://paavojarvifoundation.org/)を設立しました。音楽教育に特化した団体で、若い音楽家をサポートし、教育することを目的としています。私には(父が指揮者でしたから)生まれた時から音楽がありましたが、多くの人々はそうとは限りません。エストニアでは、かなり大きくなってからTVのCMなどを通して「ああ、これがクラシック音楽か」と気付くような状況なのです。だからこそ幼稚園の段階での早期教育として、クラシック音楽を聴かせることで少しずつ変えていきたいのです。
── 今度は、指揮ではなく教育が活動の主になるということでしょうか?
いえ、指揮をやめるということはないので安心してください。指揮と並行して、この財団の仕事と夏のエストニアでのパルヌ音楽祭もやっていきます。今度は(今シーズンから音楽監督を務めている)チューリッヒのトーンハレでも、若手指揮者のためのアカデミーを始めることになっています。
60歳になったときに自分がどう考えるかはまだ分かりません。ただ今までのように世界中を旅して飛び回るという生活は、考え直すかもしれませんね。
── たくさんの率直なお話、ありがとうございました! これからも日本のみならず、世界中の音楽ファンを魅了してくださること、楽しみにしております。
(通訳:井上裕佳子/取材協力:NHK交響楽団)
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パーヴォ・ヤルヴィ / Paavo Järvi
2019年9月にNHK交響楽団首席指揮者として5シーズン目を迎えたパーヴォ・ヤルヴィは、これまで重点的に採り上げてきたドイツ・ロマン派や北欧、ロシアの作品に加えて、オール・ポーランド・プログラムなど意欲的な曲目にも取り組んでいる。その挑戦する姿勢は、発信力の強さと相まって、N響のみならず、日本のオーケストラ界全体にとって大きな刺激となっている。海外活動にも積極的で、2020年2月から3月にはN響と2度目となるヨーロッパ公演を行う。
エストニアのタリン生まれ。現地の音楽学校で学んだ後、アメリカのカーティス音楽院で研鑽を積み、バーンスタインにも師事。シンシナティ交響楽団、hr交響楽団、パリ管弦楽団などの要職を歴任。現在は、ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団芸術監督、エストニア祝祭管弦楽団の芸術監督などを務める。2019/20年シーズンからはチューリヒ・トーンハレ管弦楽団の音楽監督兼首席指揮者に就任。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団などの名門オーケストラにも客演し、現代を代表する指揮者のひとりとして、世界で活躍している。
http://www.paavojarvi.com/
Information
パーヴォ・ヤルヴィ(指揮) NHK交響楽団
2月定期公演
◎Aプログラム
2020.2/15(土)18:00、2/16(日)15:00 NHKホール
アブラハムセン:ホルン協奏曲、ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調
◎Bプログラム
2020.2/5(水)、2/6(木)各日19:00 サントリーホール
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第1番、ラフマニノフ:交響曲第2番
◎Cプログラム
2020.1/31(金)19:00、2/1(土)15:00 NHKホール
ショスタコーヴィチ:バレエ組曲第1番、チェロ協奏曲第2番、交響曲第5番
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