優れた歌手たちと機知に富んだオケの共演~パーヴォ・ヤルヴィ&N響「ドン・ジョヴァンニ」

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小田島 久恵
11.10.2017

【パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK交響楽団 モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」(全2幕演奏会形式上演)】

 演奏会形式オペラには、ソロ歌手の衣装も譜面台の有無もバラバラな「文字通りの演奏会」風のものもあれば、演出やイメージ映像が介在するセミ・ステージ形式のものもある。

 みなとみらいホールで行われた(9月11日)パーヴォ・ヤルヴィ指揮、NHK交響楽団によるモーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」は明らかに後者のスタイルであった。この公演の2日前にはNHKホールでも同じ内容のオペラが上演されたが、ホールの規模からいっても客席からの距離からいっても、みなとみらいの方がより「ホールオペラ」らしいたたずまいだったのではないかと思う。

 歌手もオケもさえた、上質で瀟洒(しょうしゃ)な上演であった。今年の春に「ドン・ジョヴァンニ」を振ってスカラ座デビューを飾ったパーヴォ・ヤルヴィが、3シーズン目を迎えたN響と同じオペラを振ることに決めた。順序が逆なら「スカラの『本番』のために日本のオケを実験台にした?」という邪推も湧いてしまうというものだが、幸いパーヴォはそんな姑息(こそく)な人ではない。狭量でプライドの高いスカラ座の客とは違う「オペラの伝統を持たぬがゆえに『曇りのない目』でモーツァルトを描ける」相手として、日本の聴衆に本気をぶつけてきた。スカラの公演を聴いていないのだが、音楽的には「真に彼が思うモーツァルト・オペラ」をN響との共演のために用意してきたのではないかと思われた。

 というのも、小編成で組まれたN響のサウンドは古楽的な硬質さに貫かれ、ヴィヴラートを抑制した弦とバロック・ティンパニの乾いた響きは、パーヴォが2016年に連れてきたドイツ・カンマーフィルに似ていたからだ(パーヴォはこのオケと2004年から継続的なパートナーシップを築いている)。もっとも、N響はドイツ・カンマーほど熱くはない。あくまでもスタイリッシュで知的なアンサンブルを聴かせ、小編成ではさらに研ぎ澄まされたオケの伝統美を披露した。それでも、意外性や遊びはふんだんに盛り込まれていて、モーツァルトの「冗談」と「笑い」の呼吸は木管の表情豊かなフレージングにも表れていた。いたるところにくつろいだ笑いが起こり、楽員の反応も生き生きとして、客席との積極的なコミュニケーションが行われていた。



ドン・ジョヴァンニ(右=ヴィート・プリアンテ)とレポレッロ(カイル・ケテルセン)=写真提供:NHK交響楽団

 ところで、この「ドン・ジョヴァンニ」は歌手たちが全員最高で、それもまだ日本であまり知られていない英語圏の歌手が3人もいたので「世界はまだまだ広い」と思わずにはいられなかった。タイトル・ロールの騎士のヴィート・ブリアンテと侍従レボレロのカイル・ケテルセンは、客席から見ると兄弟のように姿かたちが似ていて、同じバリトンでもドン役のブリアンテのほうがややシリアスなトーン。ケテルセンのレポレッロは陽気で声量もあり、アドリブなのか体当たりの演技も迫力で、ほぼ彼が主役なのではないかと思えるシーンも。この演出は……現代演出というべきか、レポレッロが冒頭から手にしているのはパソコンのタブレットで、そこからなんとなく想像はできたが、タブレット画面を見ながら「カタログの歌」を歌うのである。どうしたことか、モーツァルトにはそういう冗談を許容する懐の深さがあって、全く不自然ではなかった。

 ドン・ジョヴァンニにレイプされかけて父親を殺されるドンナ・アンナはアメリカ人ソプラノ、ジョージア・ジャーマンが歌った。金髪で細身の美女で、バロックとベルカントが得意だという声質は知的で明朗、現代の社交界の若いマダムのようなイブニングドレスがよく似合う。

 面白いことに、ドン・ジョヴァンニが「3日で飽きて捨てた」ドンナ・エルヴィーラを歌ったオーストラリア人のソプラノ、ローレン・フェイガンも金髪の引き締まった体つきの美女で、アンナとエルヴィーラが並ぶと双子の姉妹のように見える(つまり双子が2組)。悲劇的なアンナより、より複雑な表現力を求められるエルヴィーラだが、フェイガンは完璧な歌唱力で、役への取り組みにも真剣味があった。この役は歌手の知性を求められるパートで、バロック・オペラ風のしかつめらしい音型が続くのも大変だし、「真剣になればなるほど滑稽(こっけい)になる」悲しい女を曇りのない目で観察する能力も求められる。バルバラ・フリットリがドンナ・アンナよりドンナ・エルヴィーラを歌いたがった理由がよくわかった。歌う女優として、これほどやりがいのある役も珍しいのだ。

 性の冒険者であるドン・ジョヴァンニに対して、ドンナ・アンナの誠実なる婚約者ドン・オッターヴィオは大抵の上演では分が悪い。モーツァルト特有の牧歌的な木管に合わせて小市民的な歌を歌っている情けない男にもなりかねない……、が、胸を打つリリック・テノールでこのパートに魂を注いだスイス出身のベルナール・リヒターは、勇敢で真っすぐな歌唱で聴衆から大きな喝采を浴びていた。リヒターも姿がよく、金髪でスマートな体形。1973年生まれというが、もっと若く見える。ドン・オッターヴィオとドンナ・アンナは最初から正統派の夫婦で、主役のドン・ジョヴァンニがあぶれ者になる未来が早々と見えた。それでも、ドン・ジョヴァンニ役の歌手の多くが「厄介この上ない曲」と恐れる「シャンパンの歌」で、ブリアンテは「待ってました」とばかりに最高の声を聴かせた。たった1分半のアリアである……「女を呼んで飲んで食べて一晩中騒ごう」という刹那(せつな)の歌に、ドン・ジョヴァンニの狂気のすべてが詰まっている。歌い出す前の歌手の鬼気迫る表情を、今でも忘れることはできない。

 若手歌手が占めたこの公演では、石像の幽霊となる騎士長も若い。1976年生まれのウクライナ出身のバス、アレクサンドル・ツィムバリュクが終わり近くで歌う「お前に晩さんに招かれたので来た」は、巧みな照明効果も加わって、真に恐ろしいオペラの瞬間が訪れた。

 そしてこの佐藤美晴演出のすごみは、奈落落ちした後のドン・ジョヴァンニが何事もなかったように生き返って、ラストの六重唱を歌い終えたみんなと「やあ!」と再会するところである。カロリーネ・グルーヴァーが二期会でこれに近いエンディングを作っていたことがあったが、佐藤演出はさらに小粋だった。モーツァルトの音楽は、ピアノ・ソナタでもコンチェルトでもシンフォニーでもそうだが、一瞬孤独のふちが恐ろしく描かれても「なーんちゃって!」というどんでん返しによって、帳消しになってしまうのだ。「悪夢からの帰還」というのもモーツァルト好みの世界観だ。「ドン・ジョヴァンニ」は「オペラ・ブッファまたはドラマ・ジョコーソ」なのだから、この深刻すぎないラストは正解なのだ。



ドン・ジョヴァンニ(ヴィート・プリアンテ)とツェルリーナ(三宅理恵)=写真提供:NHK交響楽団

 賢いツェルリーナとマゼットの若いカップルを二期会の三宅理恵と久保和範が好演し、外国人歌手たちに遜色のない演技を披露した。東京オペラシンガーズも献身的で、見事に役者のそろった「ドン・ジョヴァンニ」は、平日マチネにみなとみらいに集まった観客を、大人の笑いの世界に導いていた。優れた歌手たちと、機知に富んだオーケストラの共演は、「ドン・ジョヴァンニ」が教訓的なオペラであることを超えて、人間の可愛らしさや面白さを描いた「愛のオペラ」であることを伝えてきた。そこで巻き起こった笑いは、とても成熟したものだったのである。

(音楽・舞踊ライター 小田島 久恵)
公演データ

【パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK交響楽団 モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」(全2幕演奏会形式上演)~パーヴォ・ヤルヴィと歌手たちの華麗な響き】

9月9日15:00 NHKホール 11日14:00 横浜みなとみらいホール

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

ステージ演出:佐藤 美晴

 

ドン・ジョヴァンニ:ヴィート・プリアンテ

騎士長:アレクサンドル・ツィムバリュク

ドンナ・アンナ:ジョージア・ジャーマン

ドン・オッターヴィオ:ベルナール・リヒター

ドンナ・エルヴィーラ:ローレン・フェイガン

レポレッロ:カイル・ケテルセン

マゼット:久保 和範

ツェルリーナ:三宅 理恵

 

合唱:東京オペラシンガーズ

管弦楽:NHK交響楽団

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