Saturday, May 23, 2020

L’ECCLÉSIASTE / LE DISQUE DU JOUR

Artalinna
21.05.2020
Jean-Charles Hoffelé


Brahms dirigea la première du Requiem allemand le 10 avril 1868dans le chœur de la Cathédrale de Brême, manquait alors « Wie lieblich sind deine Wohnungen » qu’il ajoutera pour la création au Gewandhaus de Leipzig une année plus tard.

Cent cinquante ans plus tard, Paavo Järvi redonne l’œuvre in situ, comment l’émotion pourrait-elle ne pas être au rendez-vous ? Le stupéfiant travail effectué sur les Symphonies avec la Deutsche Kammerphilharmonie Bremen porte ses fruits, il sculpte en lumière les écritures archaïsantes dont Brahms a sous-tendu la vaste arche de son Requiem, lui donnant un flamboiement dramatique pas entendu depuis le disque génial de Rudolf Kempe à Berlin.

Il faut dire qu’il dispose d’un chœur extraordinaire, les voix du Chœur d’Etat de Lettonie faisant rugir ou envolant les épisodes bibliques qui donnent à l’œuvre son ton prophétique, si bien qu’ainsi on tient une version composée à égalité entre Valdis Tomsons et Paavo Järvi, d’une cohérence implacable, où le verbe anime autant de tableaux vivants : écoutez comme la fugue conclusive de la troisième section danse, rappelant les élans choraux de la Passion selon Saint Jean !

Sur tout cette lumière hanséatique, Valentina Farcas ploie dans son timbre de pêche la longue phrase d’Ihr habt nur Traurigkeit (le souvenir d’Elisabeth Grümmer y passe, à croire qu’elle l’a appris en l’entendant, c’en est troublant, quelle belle voix !), Matthias Goernesoupèse son Herr, lehre doch mich, douloureux jusque dans l’espoir, renouvelant la puissance suggestive de ses interventions dans le disque de Daniel Harding, embrasant le chœur dans Den wir haben hie keine bleibende Statt.

Le cosmos de Selig sind die Toten peut résonner, dans cette claire lumière du grand Nord, orchestre et voix mêlant leurs horizons, euphonie d’air et d’eau irréelle.

LE DISQUE DU JOUR


Johannes Brahms
(1833-1897)
Ein deutsches Requiem,
Op. 45

Valentina Farcas, soprano
Matthias Goerne, baryton
Choeur de l’État de Lettonie(chef de chœur : Valdis Tomsons)
Deutsche Kammerphilharmonie Bremen
Paavo Järvi, direction

Tuesday, May 19, 2020

聴衆を魅了した、パーヴォ&N響ならではの本格派プログラム

NHKSO EUROPE TOUR
May 2020

首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィの指揮で、ヨーロッパの主要ホールを巡った今回のツアーでは、メ インのプログラムにブルックナー《交響曲第7番》、ラフマニノフ《交響曲第2番》をとり上げました。 一方実力と人気を兼ね備えた2人のソリストもこのツアーに参加。アルゼンチン出身のチェリスト、 ソル・ガベッタはシューマン《チェロ協奏曲》、ジョージア出身のピアニスト、カティア・ブニアティシヴィ リはベートーヴェン《ピアノ協奏曲第3番》を披露。さらに日本人作曲家の作品からは武満徹《ハ ウ・スロー・ザ・ウィンド》を演奏し、聴きごたえのあるプログラムで本場の聴衆たちを魅了しました。


指揮:パーヴォ・ヤルヴィ(NHK交響楽団 首席指揮者)

チェロ:ソル・ガベッタ*

ピアノ:カティア・ブニアティシヴィリ**

Aプログラム
武満徹/ハウ・スロー・ザ・ウインド
シューマン/チェロ協奏曲 イ短調 作品129*
ブルックナー/交響曲 第7番 ホ長調

Bプログラム
武満徹/ハウ・スロー・ザ・ウインド
シューマン/チェロ協奏曲 イ短調 作品129*
ラフマニノフ/交響曲 第2番 ホ短調 作品27

Cプログラム武満徹/ハウ・スロー・ザ・ウインド
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37**
ブルックナー/交響曲 第7番 ホ長調

Dプログラム武満徹/ハウ・スロー・ザ・ウインド
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37**
ラフマニノフ/交響曲 第2番 ホ短調 作品27



Tallinn
タリン(エストニア)
2/22土 7:00pm エストニア・コンサート・ホール[Aプロ]
今 回 の ヨ ー ロッ パ 公 演 は 、パ ー ヴォ の 母 国 エ ストニアの首都、タリンでスタートしました。「響とこの地で公演を行うことは、私の願いでも あった」と語るパーヴォは気合十分。ソリストに はソル・ガベッタ(チェロ)を迎え、N響もその想 いに応えます。エストニア・コンサート・ホールは、 満員の聴衆であふれ、1曲演奏が終わるたび に熱気が増し、ブルックナー《交響曲第7番》で は、スタンディングオベーションを受けました。


London
ロンドン(イギリス)
2/24月 7:30pm ロイヤル・フェスティヴァル・ホール[Bプロ]
ロンドン公演当日の224日は、パーヴォの母 国 エストニアの 独 立 記 念日。終 演 後 の 鳴りや まない拍手にこたえてエストニアの作曲家エッ レルの《故郷のメロディ》がアンコール演奏され、 多彩なハーモニーが共鳴する特別な一夜とな
りました。


Paris
パリ(フランス)
2/25火 8:30pm フィルハーモニー・ド・パリ[Cプロ]
パリ公演ではカティア・ブニアティシヴィリ(ピアノ) をソリストに迎えました。コントラストに富んだプ ログラムに客席は熱狂し、大歓声とスタンディン グオベーション、拍手が寄せられました。パリ管 弦楽団の音楽監督を務めたパーヴォの、フラン スでの人気の高さを実感する公演となりました。


Vienna
ウィーン(オーストリア)
2/27木 7:30pm ウィーン・コンツェルトハウス[Cプロ]
ウィーン公演の舞台は、ウィーン・コンツェルトハ ウス。N響の育ての親ともいえるサヴァリッシュ や 、 最 近 東 京 で の 定 期 公 演 を 指 揮 し た エ ッ シェンバッハ、ルイージが首席指揮者を務めた ウィーン交響楽団の本拠地です。この伝統ある ホールで N響の魅力をたっぷりと届けました。


Cologne
ケルン(ドイツ)
2/28金 8:00pm ケルン・フィルハーモニー[Aプロ]
ツアー5つ目の都市はケルンです。公演会場は、 ケルン大聖堂の近くに位置するドイツ有数のコ ン サ ー ト ホ ー ル 、 ケ ル ン ・ フィ ル ハ ー モ ニ ー 。 響の奏でるのびやかな響きに、聴衆は真剣に 耳を傾け、演奏終了後にはブラボーの声があ がりました。


Dortmund
ドルトムント(ドイツ)
2/29土 8:00pm コンツェルトハウス・ドルトムント[Aプロ]
ドイツ西部で最も古い街のひとつであるドルト ムント。N響がこの地を訪れるのは初めてで すが、チケットは完売で関心の高さがうかがえ まし た 。満 場 の 客 席 か ら は 、盛 大 な 拍 手 と 大 歓声がおくられ、ドルトムントでのデビューを大 成功のうちに終えることができました。


Amsterdam
アムステルダム(オランダ)
3/2月 8:15pm コンセルトヘボウ[Bプロ]
世界屈指の名門ホール、コンセルトヘボウは、 ホールの響きの美しさでも知られます。ヨーロッ パ公演も終盤を迎え、ツアー最後の共演となっ たガベッタと届けた熱演に、演奏終了後の客 席からは拍手や歓声が沸き起こるなど、会場 は大きく盛り上がりました。


Berlin
ベルリン(ドイツ)
3/3火 8:00pm ベルリン・フィルハーモニー[Cプロ]
ツアーも大詰めを迎え、再びドイツに戻り、クラ シ ッ ク 音 楽 の 聖 地 と も い え る ホ ー ル で の ベ ル リ ン 公 演 と な り ま し た 。ブ ニ ア ティ シ ヴィリ と の 抑 揚のきいた演奏をはじめ、N響の魅力あふれ る演奏に、ステージを囲む客席全体からは惜 しみない拍手が長く続きました。


Brussels
ブリュッセル(ベルギー)
3/4水 8:00pm パレ・デ・ボザール[Dプロ]
ツアーの最終公演は、エリーザベト王妃国際 音 楽 コ ン ク ー ル の 会 場 と し て も 知 ら れ る パ レ・ デ・ボ ザ ー ル で 行 わ れ まし た 。 響 が 奏 で る 豊 かな響きに、会場全体が音楽を楽しむ雰囲気 に包まれ、ツアーの締めくくりにふさわしい公演
となりました。


演奏会評
今回のヨーロッパ公演は、 ヨーロッパ各地のメディアを通じて ツアー前から大きく紹介され、 コンサート後には多くの演奏会評が 掲載されました。 ここでは演奏会評の一部を ご紹介します(抄訳)。



タリン公演
Postimees 2020225日 Kai Taal
コンサート冒頭に演奏された武満徹の《ハウ・ スロー・ザ・ウインド》は、エストニアの聴衆にかす か に 日 本 の 風 景 を 運 ん できた 。幻 想 的 な 音 の 世界の体験によって、おそらくもっとも有名な日 本の作曲家である彼の音楽をさらに聴いてみた いと聴衆に感じさせたことだろう。続いて演奏さ れたシューマン《チェロ協奏曲》におけるソル・ガ ベッタの解釈は爽快で感動的だった。オーケス トラが実に敏感で優れた音楽家たちの集まりで あったことによって、彼女との競演が成功したこ とは大きな称賛に値する。20世紀初頭に建設 されたエストニア・コンサート・ホールは、最新の 音響特性を備えてはいないが、それにもかかわら ず、ヤルヴィはソリストとオーケストラのバランスをうまく調節し、ガベッタの演奏が一瞬ともオー ケストラに埋没することなく、多くの柔軟性と遊 び心、感性と深み、誇りと力強い表現を感じさせ る驚くべき体験をもたらした。そしてコンサートは ブ ル ッ ク ナ ー《 交 響 曲 第 番 》 の 素 晴 ら し い 演 奏で幕を閉じたが、筆者はこれほどまでに心を揺 さぶられたブルックナーの音楽を聞いたことがな い。第1楽章の穏やかなテンポから、明確で説 得力のある構築で魅惑的な音響世界を作り上 げ、交響曲全体を通して作品の姿を見通すこと 自体が大きな喜びであった。パフォーマンス全体 を通じて、今回の演奏を聴く前には気付かなかっ た、悲しみ、時には強い悲劇の印象が残る。最 も美しい交響曲のひとつであるこの作品への新 鮮で魅惑的な音楽解釈は、間違いなく人々に 長い間記憶されていくことだろう。そしてアンコー ル曲として演奏されたエストニア人作曲家ヘイ ノ・エッレルによる《故郷のメロディ》の深遠な表 現は非常に感動的であった。


ロンドン公演
The Times 2020225日 Anna Picard
ラフマニノフの《交響曲第2番》は最初のコン トラバスとチェロの、金とアスファルトを織り合わ せたような最初の一音から、本当に素晴らしい 演奏だった。ヤルヴィのリズムの柔軟さ、トロン ボーン、テューバ、バス・クラリネットの輝き、オー ボエとヴァイオリンのしなやかさと冷静さ、各々の 奏者の力強さと知性が合わさって、快楽的だが優美な解釈を生み出していた。 シューマンで欠けていた身震いするような戦慄と武満に欠けていた静謐さが、すべてここにあった。ホルンの地を這うような不穏さと死神のしか めっ面、イングリッシュ・ホルンの鷲鼻の歌、スケ ルツォ楽章の弾性とゆっくりとした微笑み、繊細 なスネアドラムは、オーケストラのそれぞれのセク ションがしっかりとした自信と責任感をもって演奏していることを証明するものであった。 このラフマニノフは、準備が行き届いた演奏 の模範例で、驚くべきデュナーミクの幅広さは、 強制されているとも利己的であるとも感じられな かった。ヤルヴィは音楽の抑揚を扇動するので はなく、あくまでそれを自然に起こしていた。アダージョの息の長い旋律は有機的で、最終楽章の トランペットから流れ出る銀色の走句は嘘のように安らかに、愛らしく響いた。



ウィーン公演
Wiener Zeitung 2020228日 Jens F. Laurson
伝統を誇る日本のオーケストラにとって、この日の公演は最も絶好調とはいえなかったようだ (管楽器にブレが全くなかった訳ではない)。しかし、ま るで蝶が羽ばたくかのような金管楽器群の広がりと共に、精気を奮い起こす限界のない驚異的 なフルサウンドは、とりわけ第2楽章のコーダで ブルックナーを強く印象付けた。首席指揮者の パーヴォ・ヤルヴィが、このオーケストラとその伝 統 に い か に 深 く 関 わ っ て い る か は 、 例 え ば h r 交 響楽団を指揮した演奏と同じブルックナーを遥 かにスリムに感じることからも明らかだ。 休憩の前は、カティア・ブニアティシヴィリによる煌めきの輪舞を彷彿させるベートーヴェンの演 奏だった。大きな身振りによる《ピアノ協奏曲第 3番》は極めてダイナミックでコントラストに満ち た攻撃的なものであった。これはアンコール曲の シューベルトの《即興曲 変ト長調》と明確な対 照を意図したものだったが、均整のとれたメゾ・ピ アノは見事にコントロールされていた。コンサート の最初に演奏された武満徹《ハウ・スロー・ザ・ウ インド》は繊細な音楽であり、現代的で捉えやす い響きで表現され、微細な色調、細麗、そして 表現豊かな残響と休止を伴う。より追求したいと いう気持ちにさせる演奏であった。


パリ公演
Res Musica 2020229日 Patrick Jézéquel
プログラムの最初の武満徹《ハウ・スロー・ザ・ ウインド》は、ヨーロッパと日本の間のクルージン グへと聴衆を誘いだす。洗練された、穏やかな 音楽は、統率のとれたこの日本の交響楽団に よって完璧にコントロールされている。彼らは限 られた音のパレットの中で、存在を示したり、あ るいは透明な存在になったりすることを心得てお り、時に基底部に東洋のハーモニーが響いてい るのが聴き取れる。 続くベートーヴェン《ピアノ協奏曲第3番》で は、時代と美学、そして雰囲気がガラリと変化す る 。ド イ ツ 式 の ロ ー タ リ ー ・ト ラ ン ペ ット 、 コ ン ト ラ バ スを持つこの交響楽団は、本当に日本の楽団 なのか。なんにせよ、耳を驚かせてくれるのは、 指揮者のタクトの下で生み出される交響楽団の丸みと柔軟性だ。楽譜を完璧に知り尽くしたカ ティア・ブニアティシヴィリの演奏には、表層的 な読みも少しの欠点も隠されておらず、とりわけ、 ほとんど聴き取れないようなフレーズのしまい方 は秀逸である。ここでもまた、ヤルヴィの思考が 作品に神経を行き届かせており、それは特にピ アノとオーケストラの総奏との間の完璧なバラン スに見出される。 ブルックナーの《交響曲第7番》でもまた、目 を閉じるだけで、ドイツ風のオーケストラに身を浸 すことができる。この交響楽団は、雨に降られた かと思えば、陽の光に照らされたり、霧の中に見 えなくなったりする登山者さながら、ある音楽の 風土から別の音楽の風土へと、いとも巧みに雰 囲気を変え、示し合わせた調和の素晴らしさで 完璧にマエストロに答えている。 非常にセンスの良い、美しいひとときである。


ドルトムント公演
Westdeutsche Allgemeine 2020311Anke Demirsoy
この夜のメイン・プログラムであるブルックナーの《交響曲第7番》では、神秘的な自然音が見 事なほどの滑らかさで迸り、激情をこめて高まっ ていき、頂点に到達する。ここではモチーフの繋 がりが明確に表現される。 言うまでもなく金管奏者はフィナーレで再び存 在感を示す。このクラスのオーケストラになるとコ ンディションは問題ではない。危うい綱渡りはし な い 。 ヴ ァ イ オ リ ン の 響 き は 時 折 脆 さ を 感 じ さ せ 弦楽器はフォルティッシモで音階を急降下する 箇所では時に不気味な様相を呈するが、充満し た美しい旋律がこれらを覆い隠す。
武満徹のオーケストラ曲《ハウ・スロー・ザ・ウイ ンド》の印象主義的で穏やかな序曲ではクロード・ドビュッシーの親縁性を否定することはできな い。これに続くローベルト・シューマンの《チェロ 協奏曲》ではアルゼンチン出身のソル・ガベッタ がロマンチックなトーンの中に浸ることなく響きの 繊細さを届けた。卓越した技量を要するパッセー ジでは激しさをもって巧みに熟す。アンコールで 演奏したペテリス・ヴァスクスの《チェロのための 本》では、美しい響きに乗せて聴衆の心に届く 歌声を聴かせた。


ケルン公演
lnische Rundschau 202032Matthias Corvin

7 0 分 に 及 ぶ ブ ル ッ ク ナ ー が 終 わ っ た 瞬 間 、 NHK交響楽団は拍手の嵐に包まれていた。日 本から来訪した演奏家達が、ブルックナーの《交 響曲第7番》を奏でる精確さは見事である。ホル ンとこの作品で加わったワーグナー・テューバの 音色は素晴らしく、そして柔らかだった。弦楽器 はあらゆる箇所で絹のような輝きを放つ。力強く 押し寄せる音色を、ヤルヴィは巧妙に演出し、絶 えず音量を調整した。神秘的なものが時として 欠けていたとは言え、ともかく全てが上手く調和 していた。 冒頭では日本の作曲家である武満徹の短い オーケストラ曲《ハウ・スロー・ザ・ウインド》が演奏された。静寂で旋回するかのような音楽作品に、 高音のフルートの音色とデリケートな打楽器がア クセントをつける。ちなみに、この瞑想的な導入は 休憩後のブルックナーの交響曲に最適だった。


https://www.nhkso.or.jp/data/EuropeTour2020_report.pdf


パーヴォ・ヤルヴィ(Paavo Järvi)、NHK交響楽団『武満徹:管弦楽曲集』初の日本人作曲家のレコーディングはヨーロッパ・ツアーでも絶賛された武満徹

Mikiki
15.05.2020
木幡一誠


初の日本人作曲家のレコーディングはヨーロッパ・ツアーでも絶賛された武満徹

 快進撃がとまらない! この言葉が文字どおりにあてはまるパーヴォ・ヤルヴィとN響のコンビだ。彼の故郷エストニアの首都タリンを舞台とする2月22日のコンサートに始まり、3月4日のブリュッセル公演に至るまで欧州主要都市を訪れる楽旅も大成功を収めた。コロナウィルス騒ぎが本格化する前に日本を離れ、その猛威がヨーロッパを襲う頃には帰国を果たすというスケジュールで、世界的な演奏会中止スパイラルに巻き込まれることなくツアーを終えたのは、皮肉抜きに強運と呼ぶしかない。

 彼らの最新アルバムがライヴ収録による武満徹の作品集。収録曲のうち“ハウ・スロー・ザ・ウィンド”と“ア・ウェイ・アローンⅡ”は2016年9月に、諏訪内晶子のソロをフィーチュアした“ノスタルジア──アンドレ・タルコフスキーの追憶に──”と“遠い呼び声の彼方へ!”は2018年2月に、それぞれサントリーホールの定期で取り上げられた。1980年代から90年代にかけて武満が極めた音楽語法を刻印する以上4曲に、初期の傑作“弦楽のためのレクイエム”(2017年2月、於横浜みなとみらいホール)をカップリングするあたりも心憎い。

「N響とのヨーロッパ演奏旅行には2つのプログラムを用意しましたが、その一方は“ハウ・スロー・ザ・ウィンド”で始まるものです。タケミツさんの個性が外国の聴衆にも理解しやすく、書式自体は複雑な面を備えながら決して難解に響かない作品となれば、オープニングに最適でしょう。彼が創作活動後期に手がけた管弦楽曲に共通することですが、編成は大きくても楽器の重ね方が繊細で透明度が高い。そして音と音の間が“エア”に満たされています。そんなスコアから立ち上る色彩感に、フランス音楽からの美学的影響も認められるのは確かです。しかしよく指摘されるメシアンとの類似性は表面的な事象に過ぎない。神に帰依するメシアンの宗教的な世界とはまるで立脚点が異なります。タケミツさんで重要なのは自然との関連性であり、それも水や空気のように、常に流動しながら少しずつ姿を変えていくものが音楽の核をなしている……」

 N響の首席指揮者として5期目のシーズンを過ごし、日本との結びつきを年々深めているパーヴォだが、意外にも昨年初めて京都の地を踏んだという。東福寺や茶道の家元を訪れる姿はTVでも流れた。

「良い体験になりました。〈古い〉日本に触れる機会を持つたび、タケミツさんへの理解も深まっていくと実感します。前衛的なものから出発しながら、同時に日本の伝統的な感性に根ざす表現も追求した作曲家が彼でしたからね。今回のCDで1つだけ初期の所産にあたる“レクイエム”は傑作であると同時に、明らかに〈若さ〉も反映されています。同時期の西欧で主流をなしていた先鋭的な技法との共通点も多く、先人でいえばストラヴィンスキーやバルトークの面影ものぞきます。それが後期の作品になると、レイヤーをなして重なる響きの中に和声的な要素が暗示されていくようになる。ほんの数音からなるモチーフを変形ないし発展させながら、やはりメロディックな要素が暗示されたりもします。しかしそれは必ずしも明確な旋律として形をなすのではなく、ある種の〈既視感〉を誘うような趣で……といえばよいでしょうか。そんな音楽に対するレスポンスの速さという点で、N響というオーケストラには作品への順応性と強固なトラディションを感じとれます。彼らの演奏をロジカルかつ有機的な過程に導いていくのが解釈者としての私の務めでもあり、その成果を評価していただければ本望ですね」

 そして1枚のアルバムに華を添えるのが、2曲でソロを弾く諏訪内晶子。「テクストに対する忠実度が高く、あらゆる音符の指示を生かしながら過度な表現に陥らない!」と満腔の敬意を捧げるヴァイオリニストに与えたきめ細かなサポートともども、指揮者パーヴォ・ヤルヴィがN響といそしむ共同作業の機微と、その蜜月ぶりに接してみたい。


パーヴォ・ヤルヴィ (Paavo Järvi)
NHK交響楽団首席指揮者、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン芸術監督、エストニア国立交響楽団芸術顧問。2010年、故国エストニアのペルヌにペルヌ音楽祭を創設。レコーディングにも非常に積極的で、RCA Red Seal、ソニー・クラシカルなどから多数のアルバムが発売されている。父は有名な指揮者ネーメ・ヤルヴィ。


Wednesday, May 13, 2020

NHK交響楽団のヨーロッパ公演をサポート!

ANA
02.03.2020

2020年2月27日、NHK交響楽団(*)による公演が、音楽の都ウィーンで行われました。この公演は、2月末から3月上旬にかけて、エストニア・タリン公演を皮切りとし、ヨーロッパ7か国9都市を巡るヨーロッパ公演の一環として開催されました。

ANAホールディングスは、音楽による国際交流の促進を目的に2017年11月にNHK交響楽団の海外公演を支援する連携協定を締結しています。今年はヨーロッパ公演での楽器輸送をはじめとする様々なサポートを実施しました。

ヨーロッパ公演の折り返し地点となるウィーン公演においては、日本オーストリア友好150周年の2019年2月に羽田-ウィーン線を開設して1年を記念して、音楽を通じた文化交流および日本とオーストリアの更なる友好を目的としたANA主催のレセプションを開催しました。
首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィ氏


レセプションでは、NHK交響楽団の首席指揮者であるパーヴォ・ヤルヴィ氏からもご挨拶をいただきました。

ウィーン交響楽団の本拠地でもあるウィーン・コンツェルトハウスで開催された公演では、武満徹「ハウ・ スロー・ザ・ウィンド」、カティア・ブニアティシヴィリの独奏によるベートーヴェン「ピアノ協奏曲 第3番」、ブルックナー「交響曲 第7番」の3曲が演奏され、聴衆の方々はその素晴らしい音色に聴き入っていました。

約2時間半の演奏後、満場の喝采に応えたアンコールでは、シベリウス「悲しきワルツ」が演奏され、ウィーン公演は大盛況のうちに幕を閉じました。

ANAグループはこれからも、NHK交響楽団の海外公演サポートを行い、日本と開催国・地域における国際文化・人的交流の促進に積極的に取り組んでいきます。

Tuesday, May 12, 2020

Sol Gabetta and the NHK Symphony Orchestra impress in London

Seen and Heard International
Colin Clarke
25.02.2020



Sol Gabetta (cello), NHK Symphony & Paavo Järvi (conductor) (c) Belinda Lawley


Toru Takemitsu – How slow the wind
Schumann – Cello Concerto in A minor, Op.129
Rachmaninov – Symphony No.2 in E minor, Op.27



A couple of years ago, I reported on Japan’s NHK Orchestra and Paavo Järvi’s powerful Mahler Sixth Symphony, coupled (sans interval) with Takemitsu’s 1957 Requiem for strings. There was more Takemitsu this time, but moving forward to 1991 for How slow the wind, inspired by the Emily Dickinson poem (‘How slow the wind – How slow the sea – How late their Feathers be!’: note that in some editions the word ‘feathers’ is replaced by ‘fathers’). Takemitsu uses a sequence of seven notes as his main motif which itself seems to come in waves. Interestingly, there is a moment at which the music seems to refer to a passage in the slow movement of Rachmaninov Second Symphony – or perhaps that was wishful thinking in the light of the present programme … The strings were very secure in tuning, but a little more depth of tone might have sealed the deal. Atmospheric, nonetheless.

The real high of the evening was Sol Gabetta’s superb reading of the Schumann Cello Concerto. This is a late work, and immediately we were in a very different world from the Takemitsu, the players of the orchestra adjusting at once. Sol Gabetta is a radiant soloist, her legato superb, her sense of the elusive, the enigmatic late Schumann making the best possible case for this piece. Her sound is generous, often glorious, but always serving the sometimes complex ongoing argument. Added to this, Paavo Järvi is one of the finest of musical partners, those interjecting orchestral chords always on point.

A rather nice aspect to Schumann’s writing is the use of a solo cello from the orchestra to act in duet with the soloist in the central ‘Langsam’; the soloist’s stopping at this point further enriches the textures. The bright and brash finale (which also holds the cadenza) was a triumph for both soloist and orchestra, Järvi finding both grandeur and, later, elfin lightness. The orchestra is also complicit in the cadenza, here another testament to the connection between Gabetta and Järvi.

Gabetta’s encore was Peteris Vasks’s Dolcissimo from Gramata Cellam, something of a regular encore for her, it would seem. She played it also at the First Night of the Proms in 2016 as well as after a performance of the Schumann Cello Concerto in Lucerne with the Royal Concertgebouw Orchestra in the same year. It is a haunting piece, its difficulties tamed beautifully by Gabetta (it also includes passages in which the cellist is asked to sing as well as play – which she did, beautifully).

The second half symphony was Rachmaninov’s Second in a generous, emotive performance. The first movement offers many challenges to the interpreters, not least tracking its structural shape. Järvi’s view was clear-sighted, honouring the mystery of the Largo opening (wonderful viola section, lovely cor anglais forming a link to the Allegro moderato). The brass section was resplendent and perfectly controlled; the orchestra’s finest section, closely followed by the superbly drilled woodwind. The strings again could have exuded greater depth, and the leader, Fuminori Maro Shinozaki, had a rather raspy sound. Yet en masse the strings did capture the tortured rapture of Rachmaninov’s outpourings.

The strongest movement was the second, the jaunty Allegro molto, Järvi keeping the momentum going and eliciting a superb orchestral crash prior to the fugato. The famous Adagio included a lovely clarinet solo; in fact, the woodwind were the clear stars of this outpouring. Perhaps a touch of Oriental reserve (despite this orchestra’s reputation for its expressivity) was just the thing to avoid the music devolving into schmaltz; it also meant that the interweaving of lines was more obvious – and even revelatory – than the norm. The long finale is an interpretative challenge – in the wrong hands it can seem to be over-long for its material. Järvi and his players negotiated its soundscape with aplomb, allowing the details of Rachmaninov’s sometimes drenched scoring to make their mark.

There was one encore at the end of the concert. Celebrating 102 years to the day of Estonian independence, we heard Heino Eller’s ‘Homeland Tune’ from ‘Five Pieces for String Orchestra’. What better way to mark this than in London with a Japanese orchestra, asked Järvi; reasonably, I thought, although perhaps he could have mentioned the Argentine cellist along the way.

Friday, May 08, 2020

N響・首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィの武満徹に寄りそうスタンス 連載・music パーヴォ・ヤルヴィ(指揮)NHK交響楽団

FujinKoron
高坂はる香
08.05.2020





《武満徹:管弦楽曲集》パーヴォ・ヤルヴィ(指揮)NHK交響楽団


“自然”な繋がりを聴き比べる

NHK交響楽団と首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィが、2~3月にかけて、3年ぶりとなるヨーロッパツアーを行った。新型コロナウイルスの猛威でヨーロッパ各地が大混乱になる前に、滑り込みで全日程を完了。7ヵ国9都市での公演はいずれも高く評価された。このツアーのプログラムで冒頭に置かれていたのは、日本が世界に誇る作曲家、武満徹の〈ハウ・スロー・ザ・ウィンド〉だった。

そして武満の生誕90年にあたる今年、ヤルヴィがかねて望んでいた武満作品によるアルバムがリリースされた。もちろん〈ハウ・スロー・ザ・ウィンド〉も収録されている。

グローバル化の時代とはいえ、各国のオーケストラにはお家芸といえる得意なレパートリーがある。その意味で、ドイツの楽団がベートーヴェンを、フランスの楽団がドビュッシーを演奏するときのように、やはり日本の楽団が武満作品に取り組む際の自然さは特別だ。そのうえN響は武満作品の演奏経験が豊富。ヤルヴィも「彼らは武満の音楽への親和性を持っている」と話す。

武満の出世作〈弦楽のためのレクイエム〉では、優れた弦楽器セクションがシルクのようになめらかかつ明晰な音で、神秘的な空気を創る。〈ア・ウェイ・ア・ローンⅡ〉のフランス音楽を思わせるハーモニーは、虹色の光を放つ。

〈ノスタルジア―アンドレイ・タルコフスキーの追憶に―〉〈遠い呼び声の彼方へ!〉にはソリストとして諏訪内晶子が参加。武満がヴァイオリン・ソロに託した感情表現を、クリーンな音で響かせる。

ヤルヴィは今回、文献や楽譜の研究に加え、武満の娘である眞樹さんから話を聞いたことで、武満について「温かみのある人間性という、もう一つ別の次元での理解を深めた」という。ミステリアスな響きにあふれながら、血の通った感情、ノスタルジックな風景が強く感じられるのは、そんなヤルヴィの武満に寄りそうスタンスによるの かもしれない。


https://fujinkoron.jp/articles/-/1976

Friday, May 01, 2020

HD Music Review On Paavo Jarvi, NHK SO – Bartok: Music for Strings, Percussion and Celesta, and more (2019)

HD Music
30.04.2020




Béla Bartók’s masterpiece trilogy that set the tone for music in the 20th century. Bartók is a composer who best fits Paavo Järvi’s agile and dramatic musicality. This album, which contains three major pieces for orchestra composed by Bartok in the European era, is an album that Jarvi longed for recording. “Music for Strings, Percussion Instruments and Celesta”, composed in 1936, is an unconventional organization that divides stringed parts into two groups and contrasts them with percussion instruments / Celesta. The overwhelming virtuosity of the NHK Symphony Orchestra has been demonstrated with unprecedented strength. Both are the first recordings for both Paavo Järvi and the Tokyo’s NHK Symphony Orchestra.

Since 2016, the Chief Conductor of the NHK Symphony Orchestra, Tokyo has been Paavo Järvi, and together they have made several acclaimed recordings of music by Mahler and Richard Strauss. Now comes their most accomplished album yet of three works by Bartók: alongside characterful accounts of the Divertimento and the Dance Suite they offer an unsettlingly eerie performance of the Music for Strings, Percussion and Celesta.

The highlight of both the piece and this recording has to be the third movement: with its desolate, repeated xylophone notes, timpani glissandos, and harsh, angular string writing, it’s an extraordinarily creepy movement full of quiet despair. It’s hard to describe in words, but the passage about two and a half minutes in where pianissimo trills and a chain of ascending and descending glissando wails from the violins accompany a chromatic melody from celesta and two solo violins, punctuated by implacable major sevenths from the piano, is so disturbing and chilling that I’m not sure it’s the sort of thing I would want to listen to in the dark! It’s no surprise that Stanley Kubrick chose this precise section of the piece for part of the soundtrack to The Shining. Especially in this piece, Järvi often takes a relatively expansive view on tempos (Bartók actually gives quite detailed breakdowns of the timing of movements here and in the Divertimento for string orchestra, which admittedly Järvi frequently exceeds, but then very few other recordings get anywhere near either!), but this is all for the very good reason of allowing the music the space it needs. It was simply a pleasure to wallow in the tremendous sounds that the NHK players were making. The versatility that the orchestra possesses is amply demonstrated in the Divertimento, where they are adept at navigating its changing moods: the opening is full of richness and depth, and yet they bring a huge amount of grace and deftness when required. I can’t say enough good things about this recording: the variety of sounds that they make is nothing short of stunning, turning from the gentlest of pianissimos to the most ferocious of fortissimos with great ease.

Tracklist:

01 – Divertimento For String Orchestra, Bb118 / Sz113: I. Allegro non troppo
02 – Divertimento For String Orchestra, Bb118 / Sz113: II. Molto adagio
03 – Divertimento For String Orchestra, Bb118 / Sz113: III. Allegro assai
04 – Dance Suite, Bb86 / Sz77: I. Moderato – Ritornell
05 – Dance Suite, Bb86 / Sz77: II. Allegro molto – Ritornell
06 – Dance Suite, Bb86 / Sz77: III. Allegro vivace
07 – Dance Suite, Bb86 / Sz77: IV. Molto tranquillo – Rotornell
08 – Dance Suite, Bb86 / Sz77: V. Comodo
09 – Dance Suite, Bb86 / Sz77: VI. Finale: Allegro
10 – Music For Strings, Percussion and Celesta, Bb114 / Sz106: I. Andante tranquillo
11 – Music For Strings, Percussion and Celesta, Bb114 / Sz106: II. Allegro
12 – Music For Strings, Percussion and Celesta, Bb114 / Sz106: III. Adagio
13 – Music For Strings, Percussion and Celesta, Bb114 / Sz106: IV. Allegro molto

Recorded on September 27-28, 2017 at Suntory Hall, Tokyo, Japan.


https://hdmusic.me/paavo-jarvi-nhk-so-bartok-music-for-strings-percussion-and-celesta-and-more-2019-official-digital-download-dsf-dsd64-2-82mhz-flac-24bit-96khz/

MusicWeb on Symphony No.9 Mythos

MusicWeb International
Hubert Culot


Tüür's Symphony No.9 Mythos was commissioned by the Estonian government to celebrate the hundredth anniversary of the Republic of Estonia. It is dedicated to Paavo Järvi, who conducted the first performances in Tallinn and in Brussels. Tüür writes, “The processes that lead to the surge of national consciousness and independence always have deep roots in abundant mythological material and these underlying layers are what I wished to hint at in my composition. Hence the title... I thought of the various stories of creation, including the water bird creation myths of the Finno-Ugric tribes.”

Nevertheless, the composer insists that the music is not meant to be programmatic, so the listener is free to imagine his or her own vision - although episodes in the course of the work may be freely associated with these often long-forgotten myths to which the composer refers in his notes. The long opening passage slowly emerging from the depths of the orchestra and expanding in long lines certainly suggests the awakening of the world from a formless mass into a progressively more delineated universe. One could be forgiven for thinking of all the creation myths that exist almost everywhere in the world - the Finnish Kalevala or its Estonian pendant, for example. That sustained opening passage unfolds out of primeval chaos until some sort of “big bang” is reached, releasing the energy of a newly-created earth. This is followed by more varied, animated and, at times, more lightly-scored episodes leading into another busy section. The music eventually calms down, leading into a calmer epilogue and the symphony ends peacefully. It is a splendid piece of music by any account and I find it to be one of his finest recent works. As one might expect, the piece's scoring for large orchestra is masterly and brilliant; nor does the musical material lack substance.

Tüür's orchestral mastery is again much in evidence in the short but impressive Incantation of Tempest.This short orchestral encore was commissioned by the Bamberg Symphony Orchestra as part of their Encore! programme aimed at providing new music suitable for encores, but it could function as a rousing concert opener as well. It was written in memory of the late Veljo Tormis and I suspect (although I might be wrong) that the Estonian title of the piece (“Tormiloit”) is not as innocent as it may seem. Again, this is a brilliantly scored concert opener or orchestral encore which pays a deeply felt homage to Tormis in spite of, or because of, its concision.

Sow the Wind... is on the other hand yet another substantial orchestral work premiered by the Orchestre de Paris conducted by Paavo Järvi. The title is derived from Hosea: “For they sow the wind, and they shall reap the whirlwind.” Again, the music is not programmatic or descriptive, but the composer's notes do nevertheless suggest that some underlying ideas having informed the music, such as climate change, mass migration, the surge of extremist movements and the like. (To these one might now add the present pandemic.) Thus, bearing all this in mind while listening to this powerfully energetic and almost furious music, one realises that its musical imagery, as it were, is a most urgent warning to all concerned. However, though mostly fast, the music goes through many contrasting moods so that any monotony or single-mindedness is cleverly avoided. The final build-up eventually “seems to smash against an invisible wall and vanish” (the composer's words). The abrupt ending undoubtedly leaves most questions unanswered, hopefully not for good.

Tüür's discography is now rapidly expanding, which – I think – says much for the importance of his achievement both locally and internationally. Moreover, he is blessed by an ever-growing number of committed champions who have enabled his music to travel around the world. His old friend Paavo Järvi conducts superbly committed readings of these fine works and the young Estonian Festival Orchestra respond with equal commitment. The programme is also well-served by some excellent recording which catches the entire dynamic spectrum displayed in the music. In short, a superb release with much to offer; the Ninth Symphony is a must-hear.

http://www.musicweb-international.com/classrev/2020/May/Tuur_sy9_595.htm

Monday, April 27, 2020

Paavo Järvi ja Eesti Festivaliorkester ilmutasid plaadi Erkki-Sven Tüüri loomingust

ERR Kultuuriportaal
Priit Kuusk
27.04.2020


Eesti Festivaliorkester Jaapanis Autor/allikas: Kaupo Kikkas


Märtsi keskpaigaks valmis ja tuli rahvusvahelisele plaaditurule Eesti Festivaliorkestri ja selle kunstilise juhi Paavo Järvi teine ühistöö, CD "Mythos", millel on ainult Erkki-Sven Tüüri muusika. Album on saanud ootamatult sooja vastuvõtu osaliseks.

Album kannab nime "Mythos", sest selle keskne teos on Tüüri poolt Eesti Vabariigi 100. aastapäevaks loodud ning Paavo Järvile pühendatud Sümfoonia nr 9 alapealkirjaga "Mythos" (2018). Plaadil kõlavad veel "Külva tuult" ("Sow the Wind"), kirjutatud Orchestre de Paris'le 2015 ning "Tormiloits" ("Incantation of Tempest" (pühendatud Veljo Tormisele, 2015).
Plaadile plaanis Paavo Järvi mitte stuudio-, vaid live kontserdivõtted, et muusika kui sündmus kõlaks ehedamalt, publiku ees. Sümfooniast on plaadil salvestus teose maailma esiettekandelt Tallinnas 2018, teised kaks oopust üles võetud vastavalt 2016. ("Tormiloits") ja 2019. aastal Eesti Festivaliorkestri avalikelt kontsertidelt Pärnu muusikafestivalil. Salvestuste kogupikkus on 60 minutit, heliinsenerideks Siim Mäesalu ja Tanel Klesment.

Plaadi andis välja Pariisis resideeeriv firma Alpha Classics ning Paavo Järvi ja orkester on sellega tagasiulatuvalt tähistanud ka Erkki-Sven Tüüri läinud oktoobris möödunud 60. sünnipäeva. Siiani oli Järvi juhatusel ilmunud teiste orkestritega juba kolm Tüüri autoriplaati, see on siis tolles reas neljas. CD-plaadi bukletis meenutab helilooja, et Paavo Järvi hakkas tema muusikat juhatama juba 1990ndate algul, mil Eesti sai taasvabaks ning dirigent Järvi ja helilooja Tüür said jälle ühiseid loomingulisi plaane ellu viima hakata, Paavo tuli välja oma ideede ja algatustega ning sai Tüürilt mitmeid teoseid tellida, korraldada ja dirigeerida nende esmaettekandeid ja järgmisi esitusi.

Pole liialdus öelda, et nad mõlemad on professionaalses mõttes aina täiustunud just teineteist vastastikku innustades. Muusikaloos on niisuguseid toredaid näiteid olnud veel, aga Tüüri ja Järvi lugu kestab, jätkub – väike ühine märgike on ka see, et Paavo on Tüürist vaid kolm aastat noorem...
Värske Eesti albumi ilmumise ja tutvustamise puhuks olid Zürichi Tonkünstler-orkestri (ZTO) hooajaplaanis märtsikuul uue kunstilise juhi Paavo Järvi kontserdid Tüüri teostega kavades, sest Erkki-Sven Tüür on kutsutud heliloojana sel hooajal ZTO loominguliseks juhiks. Paraku jäid kontserdid ära viiruseohu tõttu. Samaviisi on kahju, et 24. märtsil olnuks Sümfoonia nr 9 esiettekanne Ühendkuningriigis, kui Olari Elts pidi seda dirigeerima BBC Sümfoooniaorkestri ees Londonis. Ometi on sündinud suur huvi uue CD-plaadi vastu, mida võib hinnata lausa erakordseks(!). Eesti orkester, Eesti dirigent ja Eesti helilooja tegid muusikailma tippu taas läbimurde, mis hoolimata piirangutest ka muusikaelus väärib suurt tähelepanu.

Uue autoriplaadi andis välja Prantsuse firma, ning kõrge hinde sellele on andnud kõigepealt nende juhtiv plaadiajakiri Diapason. Nimetatud ajakirjalt vääris Eesti plaat aprillikuu kõrgeima hinnangu Diapason d'Or ("kuldne helihark"). Diapasoni tuntud kriitik Patrick Szersnovicz käsitles ajakirja veergudel plaadisündmust põhjalikult, seda kõrgelt hinnates. Üks teise järel on ilmunud positiivseid arvustusi, tutvustusi ja reklaame.
Siin on neist vaid mõned: Presto Classical (David Smith), Rondo Magazine (Matthias Siehler), MusicWeb International (Dominy Clements), Linn Records, AllMusic (James Manheim), Planet Hugill, Lasering, iTunes Store, AppleMusic, Commercefrance (fnac) jpt. Mõnes pressikajas on saanud intervjueerituna sõna ka Erkki-Sven ise, või siis Paavo Järvi, või mõlemad. "Mythose" sümfoonia kaudu on taas esile tulnud Eesti Vabariigi 100. aastapäev, ja hoolimata meie taasvabaduse ligi kolmest aastakümnest, on sellest nüüdki meenutusi ja mõtisklusi. Mitmed arvustused on avaldatud sõnasõnalt blogis PaavoProject.

Keegi ei tea öelda, millal kuskil saalid avanevad orkestritele ja publikule. Jääksime tasapisi pöialt hoidma, et Tüüri uus Viiulikontsert nr 3 ("Talks with the Unknown"), solistiks Vadim Gluzman, tuleb kavatsetud esiettekandele, mil Paavo Järvi hiljutist Frankfurti Raadio sümfooniaorkestrit sealses Alte Operis juhatab nüüd läti maestro Andris Poga. See sündmus võiks kätte jõuda juba 15. mail.


https://kultuur.err.ee/1082828/paavo-jarvi-ja-eesti-festivaliorkester-ilmutasid-plaadi-erkki-sven-tuuri-loomingust


Musikdokumentation "Der Brahms Code" in New York ausgezeichnet

SWR
24.04.2020

Die Sinfonien von Johannes Brahms neu zu interpretieren und sie für das heutige Publikum lebendig erscheinen zu lassen war das Ziel der Deutschen Kammerphilharmonie Bremen und ihres Chefdirigenten Paavo Järvi . Dies dokumentiert der jetzt ausgezeichnete Film "Der Brahms Code".



Der Hauptprotagonist des Filmes und Chefdirigent der Deutschen Kammerphilharmonie Bremen Paavo Järvi

Die TV-Dokumentation "Der Brahms Code" von Regisseur Christian Berger ist mit dem Silver Award der New York Festivals TV & Film Awards ausgezeichnet worden. Der 90-minütige Musikfilm der Deutschen Welle (DW) zeigt die mehrjährige Arbeit und das Miteinander von Musikern und Dirigent bei der Auseinandersetzung mit den vier Sinfonien von Johannes Brahms. Dafür begleitete das Filmteam den Dirigenten Paavo Järvi und die Deutsche Kammerphilharmonie Bremen bei den Proben, im Studio und bei Konzerten in Paris.
Der Film wurde im vergangenen Herbst erstmals von der DW ausgestrahlt und war nach Angaben der DW bei dem New Yorker Festival eine von 200 eingereichten Produktionen aus 50 Ländern in der Kategorie Dokumentarfilm/Musik.


https://www.swr.de/swr2/musik-klassik/brahmscode-ausgezeichnet-100.html

Tuesday, April 21, 2020

ЯПОНСКАЯ МИСТЕРИЯ ПААВО ЯРВИ

Санкт-Петербургский Музыкальный вестник, No 4 (176), апрель 2020 г.Виктор АЛЕКСАНДРОВ, Таллин


Прославленный оркестр японской телерадиовещательной корпорации NHK (Токио) и маэстро Пааво Ярви открыли гастрольный тур по Европе концертом в Таллине.

Оркестр Японского радио и телевидения, основанный в 1926 году, стал первым профессиональным оркестром Страны восходящего солнца. Спустя десять лет оркестр подписал эксклюзивное соглашение с японской радиовещательной корпорацией NHK. Творческий расцвет коллектива пришелся на вторую половину XX века, когда с ним рабо- тали такие знаменитые дирижеры, как Герберт фон Караян, Игорь Маркевич, Эрнест Ансерме, Вольфганг Заваллиш, Владимир Ашкенази, Евгений Светланов. Первый европейский тур оркестра состоялся в 1960 году. С этого времени коллектив ведет интенсив- ную концертную деятельность, расширяет репертуар, участвует в оперных постановках, заказывает сочинения современным компо- зиторам, записывает компактдиски на ве- дущих мировых лэйблах. Ежегодно оркестр NHK дает свыше 140 концертов на лучших концертных сценах мира. В России японский коллектив гастролировал несколько лет назад под управлением Шарля Дютуа.Эстонский дирижер Пааво Ярви возглавил Симфонический оркестр NHK с осени 2016 года и так отзывается о нем: «Оркестр NHK высоко почитают во всем мире. Музыкан- ты в этом оркестре любят играть немецкую романтическую музыку. И это во многом благодаря заслугам той блестящей плеяды дирижеров, которые в разное время с ним сотрудничали: от Герберта фон Караяна и Карла Бёма до Отмара Суитнера и Вольфганга Заваллиша. До сих пор мало кому из азиатских оркестров удаются исполнения австро- немецкой музыки XIX века: симфоний Брукнера, Малера, Брамса. Звук оркестра NHK романтичен, восходит к великим традициям XIX века».

Выступление Симфонического оркестра NHK в концертном зале «Эстония» откры- ло произведение Тору Такэмицу «Как медленный ветер» (How Slow the Wind). Замысел медитативного произведения Такэмицу вдохновлен лирикой американской поэтессы Эмили Дикинсон. Непрерывное музыкальное развитие вращается вокруг мотива из семи нот, образуя, по словам композитора, «повторяющийся цикл, подобный волнам или ветру». Наряду с японским колоритом, очевидным в музыке Такэмицу, возникало немало импрессионистских ассоциаций с творчеством Клода Дебюсси: мерцающие звучания, прозрачность гармоний и тембров. Пааво Ярви был предельно аскетичен за пультом, предоставляя оркестру естествен- ную свободу самовыражения.

Элегантность и сбалансированность исполнительской манеры в сочетании с активной творческой позицией свойственны хрупкой аргентинской виолончелистке с русскофранцузскими корнями Соль Габетте. В Таллине Соль Габетта исполнила вместе с оркестром NHK под управлением Пааво Ярви Концерт для виолончели с оркестром Роберта Шума- на. Это сочинение уже давно в ее репертуаре. Соль Габетта тонко чувствует национальный колорит романтической поэзии Шумана. Сдержанная игра виолончелистки изящно сочеталась с деликатным аккомпанементом оркестра. Эстонская публика долго не хотела отпускать прелестную виолончелистку со сцены. В зале на концерте присутствовал известный латвийский композитор Петерис Васкс. Один из своих любимых бисов — Dolcissimo из «Книги для виолончели соло» (1978) Васкса — Соль Габетта часто исполняет в своих концертах. Эта тихая инструментальная молитва, во время которой музыка будто замолкает. Лучезарный голос Соль Габетты (по замыслу ком- позитора исполнитель поет во время игры) парил на фоне нежного бархатистого вибрато ее виолончели.

Программу вечера завершила монументальная Седьмая симфония ми мажор Антона Брукнера (ред. Л. Новака, 1883–1885). Пааво Ярви увлек своей кипучей энергией оркестр, его отчетливый дирижерский ри- сунок легко воспринимался музыкантами, чутко реагирующими на каждый его жест. Маэстро предельно свободен в интерпрета- ции и владеет особым секретом отношения к темповой драматургии сочинения. Брукнер Пааво Ярви звучит дерзновенно, во всем бо- гатстве красок и интонаций.

Воодушевленные слушатели горячо приветствовали японских музыкантов, много- кратно вызывая Пааво Ярви снова к дирижерскому подиуму. На бис был исполнен «Грустный вальс» Яна Сибелиуса, из музыки финского композитора к драме Арвида Ярнефельта.

Sügavus, siirus ja soojus ehk Kuidas armastada muusikat

Ajakiri Muusika
Kai Taal
06.04.2020


22.02.2020. Hüpnotiseeriv numbrikombinatsioon. Just sel päeval toimus Estonia kontserdisaalis vähemalt sama paeluv kontsert – Paavo Järvi andis oma Tokyos tegutseva NHK sümfooniaorkestriga kontserdi, mis oli avastardiks nende Euroopa-turneele. Ning mul on raske leida sobivaid sõnu selle sündmuse kirjeldamiseks. Õnnelikud olid need, kes koos minuga tol õhtul kontserdil viibisid. 


Paavo Järvi, Sol Gabetta ja NHK sümfooniaorkester Estonia kontserdisaalis. Foto: Eesti Kontsert

Mäletan, kui sattusin ükskord Viini kontserdimajas ühe austerlasega vestlema. Esines vene orkester kreeka dirigendi juhatusel ning mängiti Mahlerit. Mu vestluskaaslane soostus, et esitus oli väga hea, kuid rõhutas ometi, et tõeliselt saavad Mahleri muusikast aru siiski vaid austerlased. Ei hakanud temaga vaidlema, ehkki olin eriarvamusel. Kas tänapäeva globaliseerunud ühiskonnas on tõesti veel rahvuste erinevusel suurt kaalu, kas tõesti on võimalik rahvust musitseerimises “välja kuulda”? Aeg näitas mulle, et on. Austria muusikast rääkides olen seda kogenud Viini sümfoonikute kontserdil ning viimati Musikvereinis, kus üks õpilasorkester esitas ühe osa Mahleri sümfooniast – nende mängus oli tajutav mingi isemoodi loomulikkus, sundimatus. Mis ei tähenda, et need esitused oleksid paremad kui mitteausterlaste omad, üldsegi mitte, aga ju siis tunnevad rahvuskaaslased ära midagi, mis võõrastele hoomamatuks jääb. Kas ei tunne eestlasedki nõnda eesti muusika puhul, kui välismaalased seda esitavad?  

Armastus muusika, muusikute ja töötegemise vastu kaalub siiski vähemalt minu jaoks “vere hääle” üles ning seda tõestas ka NHK orkestri kontsert. Paavo Järvi on Jaapani ringhäälingu NHK sümfooniaorkestri dirigent viiendat hooaega. Kolm aastat tagasi toimus nende esimene Euroopa-turnee, kontserdipaigad olid suurelt jaolt samad, mis nüüdki, kuid tol korral Eestisse ei jõutud. Nii Järvile kui orkestrile oli Tallinna kontsert kahtlemata eriline: dirigent sai kaasmaalastele näidata oma orkestrit ning jaapanlased nägid seda maad, kust nende armastatud dirigent pärit on. Kaasa oli toodud killuke jaapani muusikat – tuuri kõikidel kontsertidel kõlas Toru Takemitsu “How Slow the Wind”, eriliselt kõlavärvirikas ja habras muusika. Ning kontserdi teist poolt täitis Bruckneri 7. sümfoonia, kus rohkem kui tunniks ajaks said kokku Eesti, Jaapan ja Austria.
 
Bruckneri muusika esitamine on riskantne, eriti praegusaja maailmas. Meid ümbritsev kiirus, pealiskaudsus, hektilisus, show-janu töötab kõik sellele muusikale vastu. Loota, et Bruckneri aeglaselt kulgev ja väliseid efekte mitte pakkuv muusika võiks tänapäeval inimest kütkestada, tundub juba iseenesest pisut utoopiline. Aga Paavo Järvi loodab ning ka tõestas, et see on võimalik. Ta võttis oma tuuri üheks põhiteoseks just Bruckneri ning esitas seda Euroopa pealinnade tähtsaimates kontserdisaalides, muu hulgas helilooja kaasmaalastele Viini kontserdimajas. 
 
Viinlased vist unustasid tol õhtul, et ei Järvi ega NHK orkestrandid ole austerlased ning kinkisid neile sooja vastuvõtu. Mul oli õnn seda oma silmaga näha. Kahetsusväärselt sageli on Bruckneri esitused massiivsed, monumentaalsed, liigaeglased, vormiosad asetsevad teineteise kõrval nagu kaljust väljatahutud kandilised plokid. Unustatakse, et Bruckner on austerlane, mitte sakslane – see on suur erinevus. Bruckneri muusikas on ka palju tantsulisust, rahvaviise, mis võiks inspireerida liikuvamatele tempodele ja paindlikumale väljendusele; suurte, meie hulgast juba lahkunud meistrite hulgas näeb taolist tõlgendust näiteks Abbado ja Karajani puhul. Abbado live-salvestus Luzerni festivaliorkestriga 7. sümfooniast oli pikka aega mu lemmik – vist üks liigutavamaid Abbado ja LFO koostöid üldse. Väga emotsionaalne, õhuline ja valgusküllane esitus erineb totaalselt näiteks Celibidache’i tõlgendusest Müncheni orkestriga, mis ajaliselt veerand tundi pikem ning tähelepanuvõime tõsiselt proovile paneb. Erakordselt lummav on Karajani ja Viini filharmoonikute nägemus, siis sada protsenti austria päritolu – räägin siinkohal esitusest, mis jäi üldse Karajani kõige viimaseks salvestuseks. Siin on sellist helgust ja magusvalusat ilu, mis tuleb muusikute loomingusse vist alles nende eluõhtu lähenedes. Kuid Paavo Järvi näitas, et ka tänapäeval on võimalik sama lummavalt Brucknerit esitada.

Järvi Bruckner erineb kõigist varem kuuldutest ja seda ennekõike eelpool mainitud vastandlike tõlgendusvõimaluste sünteesi tõttu. Ta tempod mõjuvad rahulikult, kohati lausa väga aeglaselt, kuid ometi ei lagune vorm ära ning üle tunni kestev sümfoonia ei kaota oma head pinget hetkekski. Just nimelt, tempod TUNDUVAD aeglased, sest tegelikult osa sees tempo muutub, kohati üpris liikuvaks, kuid ometi jääb illusioon rahulikust kulgemisest. Ning lõputu detailirikkus annab esitusele lugematuid värve ja varjundeid, mis kummastaval kombel ei takista, vaid pigem soosivad ühtse ja voogava terviku kujunemist. Nautisin seda erakordset interpretatsiooni väga juba Tallinnas, aga eriti Viinis – seal oli rohkem elurõõmu ning suurepärane akustika lisas orkestrivärvidele oma erilise sära. NHK orkester on juba oma eelmiste dirigentidega mänginud palju saksa ja austria muusikat ning Paavo Järvi suurepäraseid salvestusi Beethoveni, Brahmsi ja Schumanni muusikaga teavad ilmselt kõik. Jaapani orkester on väga kõrge tehnilise tasemega, kuid samas kaugel uhkest hoiakust, mida see endaga kaasa võiks tuua. See imetlusväärne kooslus meisterlikust, soojast, täpsest ja pühendunud musitseerimisest võitis mu südame, ma pole kontserdisaalis kuulnud paremat Bruckneri muusika esitust kui Paavo Järvi tõlgenduses. Austria pealinnas kuulis nende esituses ka veel Beethoveni 3. klaverikontserti Khatia Buniatishvili soleerimisel ning teose üliromantiline tõlgendus vallandas viinlastes vaimustusetormi. Kui palju mängib rolli kõrvaga kuuldav ja kui palju isiksuse võlu? Publiku tungival nõudmisel pidi pianist igatahes lisapala mängima, kõlas veel natuke austria muusikat Schuberti “Eksprompti” näol.
 

Tallinna kontserdi solist oli juba ammu Eestisse palavalt oodatud argentiina päritolu tšellist Sol Gabetta, kes esitas Schumanni tšellokontserti. Ma polnud teda varem kontserdilaval kuulnud, kuid äratundmine oli kohene – vaimustusin tema mängust juba kontserdieelset proovi kuulates. Ka tema ühildab esmapilgul ühildamatut: ta on temperamentne, kuid samas vaoshoitud; särav, kuid mitte demonstratiivne; ta mängus on palju südamlikkust ja soojust ning samas on see ratsionaalne. Minu senised lemmikvariandid Schumanni kontserdist on sellest üsna erinevad, n-ö ühtsemad: Rostropovitši valdavalt lüüriline kujundus ning Jacqueline du Pre’ väga sügavuti minev, poeetilis-retooriline, kõige peenemaidki hingekeeli puudutav tõlgendus. Kuid aeg on edasi läinud. Gabetta salvestas teose Sony Classicali plaadimärgile natuke üle aasta tagasi koostöös Baseli kammerorkestri ning dirigent Giovanni Antoniniga; too esitus on meisterlik ja kõnetav, eriti selle finaal, kuid Tallinnas kuuldu oli sootuks erinev. Kas on põhjus selles, et Gabetta võlu pääseb oluliselt rohkem mõjule kontserdisaalis? Või oli põhjus kaasmuusikutes? Lühidalt, Gabetta ja Järvi Schumanni esitus jäi veel kauaks kummitama, see oli erakordselt mõjuv, kaunis ja liigutav. Nad mõlemad on muusikud, keda ei huvita väline efekt – kontserdisaalis näed vaid jäämäe tippu ning kogu oma suuruses, ilus ja mõjuvuses avaneb teos alles hiljem, mõnikord lausa päevade või nädalate pärast. Kui erakordselt haruldane tänapäeval! Sellised artistid tekitavad tunde, et tegelikult pole maailmas ja inimestes aastasadade jooksul eriti midagi muutunud. Siiruse tunneb alati ära, pühendumus kütkestab ning armastus on alati kõige olulisem. Lisapalaks kinkis Gabetta eestlastele meie naaberriigi helilooja Pēteris Vasksi muusikat.
 
Miks olin ma üks vähestest, kes Sol Gabettale püsti seistes aplodeeris? Mida rohkemat ootab eesti publik artistilt? Kas kõrgest tasemest, tekstitruust mängust, musikaalsest esitusest, artistlikkusest, suurepärasest koostööst orkestriga jäi väheks? Oma kuulamiskogemuse juures nii Eestis kui ka välismaal olen harva kuulnud haaravamat solisti. Kas on enamuste kontserdikülastajate ootused ja lootused suuremad kui minul? Jälgides Paavo Järvi tuuri kajastusi meedias nägin, et mujal oli vastuvõtt Gabettale soojem. Kas ongi õigem siis suuri staare käia pigem välismaal kuulamas, ehkki nad üha sagedamini meile koju kätte tulevad? Publiku reaktsioon on VÄGA oluline, kontserdi loovad muusikud ja publik koos, kas usume seda või ei. 

https://www.ajakirimuusika.ee/single-post/2020/04/06/Sügavus-siirus-ja-soojus-ehk-Kuidas-armastada-muusikat

Järvi und Brahms auf dem Weg nach Frankreich

Pizzicato15.04.2020

Am 10. April 1868  wurde das Deutsche Requiem von Johannes Brahms im Dom zu Bremen uraufgeführt. 150 Jahre später dirigierte Paavo Järvi am Urtaufführungsort eine großartige, wunderbar geatmete Aufführung der Komposition, die jetzt, ansprechend und einfühlsam gefilmt, auf DVD und Blu-ray vorliegt.Paavo Järvi legt in seiner Interpretation viel Wert auf leicht-schwebende Klänge, er arbeitet das Ätherische der Musik heraus, um es mit den kräftigeren Passagen erfolgreich zu kontrastieren. Dabei passt er sich der Kirchenakustik an, die sowieso alle Kanten entschärft, so sehr sich die Tontechniker auch bemühten, den Klang im Hall nicht zu sehr völlig konturenlos werden zu lassen. Insgesamt rückt der Dirigent das Brahms-Werk aus der norddeutschen Ecke heraus näher zu den französischen Requiem Vertonungen von Duruflé und Fauré.Es gibt viele berückende Momente in dieser Interpretationen, und der Lettische Staatschor singt wunderbar nuanciert (wenn auch wenig textverständlich).Matthias Goerne singt den Baritonpart mit grandios geführter, wohl artikulierender Stimme. Nicht weniger beeindruckend ist Valentina Farcas mit einer klar geführten, sehr ausgeglichenen Stimme und einer bewegenden Ausdruckskraft.Järvi nimmt manchmal eher schnelle Tempi, aber das hindert ihn nicht, den Atem der Musik vollauf zu respektieren. Sein Orchester kämpft recht gut gegen die Akustik, es gibt wunderbar klare Passagen, wenn das Orchester reduziert spielt, aber in den Tutti geht natürlich viel verloren.Auf der anderen Seite mag der Ort der Uraufführung zur Inspiration der Musiker und ganz sicher des Dirigenten beigetragen haben. Bild und Ton mischen sich jedenfalls hier zu einem Ganzen und geben der Aufführung eine starke, bewegende Wirkung.On April 10, 1868, the German Requiem by Johannes Brahms was premiered in Bremen Cathedral. 150 years later, Paavo Järvi conducted a magnificent, wonderfully breathed performance of the composition at the place of its premiere. Attractively and sensitively filmed, it is now available on DVD and Blu-ray.

In his interpretation Paavo Järvi attaches great importance to light, floating sounds; he brings out the ethereal nature of the music in order to successfully contrast it with the more powerful passages. In doing so, he adapts to the church acoustics, which defuses all edges anyway, no matter how hard the sound engineers tried not to let the sound become completely contourless. Overall, the conductor brings the Brahms work closer to the French Requiem settings by Duruflé and Fauré.There are many enchanting moments in these interpretations, and the Latvian State Choir’s singing is wonderfully nuanced (though not very comprehensible).Matthias Goerne sings the baritone part with a grandiose, well-articulated voice. No less impressive is Valentina Farcas with a clearly led, very balanced voice and a moving expressiveness.Järvi sometimes takes a rather fast tempo, but this does not prevent him from fully respecting the breath of the music. His orchestra fights quite well against the acoustics, there are wonderfully clear passages when the orchestra is reduced, but in the tutti, of course, much is lost.On the other hand, the location and the occasion as well may have contributed to the inspiration of the musicians and certainly of the conductor. In any case, image and sound blend into a whole here and give the performance a strong, moving effect.

https://www.pizzicato.lu/jarvi-und-brahms-auf-dem-weg-nach-frankreich/

Saturday, April 18, 2020

Lockdown Listening

Gramophone
15.04.2020


What are our musicians listening to during lockdown? We asked them each to nominate one recording that speaks to them at this particular time...


Paavo Järvi
Conductor

Paavo Järvi’s most recent releases are, with the Deutsche Kammerphilharmonie Bremen, a DVD of Brahms’s Ein deutsches Requiem (C Major) and, with the Estonian Festival Orchestra, a collection of music by Erkki-Sven Tüür (Alpha). He was Gramophone's Artist of the Year in 2015.

Brahms Symphony No 3 Vienna Philharmonic Orchestra / Leonard Bernstein (DG)

Long ago, I was driving with my brother in Los Angeles, late to a dinner party. In the car, we were listening to Brahms Symphony No 3, not knowing who was conducting. It was one of the most unusual, exaggerated, self-indulgent and emotional interpretations I had ever heard, yet totally captivating and impossible to switch off. 

We arrived at the restaurant very late and sat for another 20 minutes in the car, parked in front. We had to find out who it was, who had dared to take so many liberties and had re-imagined this Brahms symphony from what we used to know. 

At the end the announcer said that it was Bernstein with the Vienna Philharmonic. The reason why it was so important, was because it gave me courage as a young musician to dare to follow my intuition and not be ‘intimidated’ by legendary interpretations from the past. In that way this recording remains very important for me. Now with a little time on my hands, I want to listen to it again and see if time has changed my perception.

https://www.gramophone.co.uk/features/article/lockdown-listening

Paavo Järvi im Interview «Empathie lernt man nicht an der Business School»

Tages AnzeigerSusanne Kübler15.04.2020

Der Tonhalle-Chefdirigent bereitet sich in London auf Konzerte vor, die vielleicht nicht stattfinden. Und wünscht sich dringend mitfühlendere Politiker.

Paavo Järvi, Sie sind normalerweise mehr unterwegs als zu Hause. Wie halten Sie die Pause aus?Ich hatte wohl tatsächlich seit mindestens zehn Jahren nicht mehr so viel Zeit wie jetzt. Es ist seltsam. Aber auch sehr angenehm. Man beginnt anders zu denken, wenn man nicht ständig herumrennt. Freier, kreativer, weniger aufs Praktische bezogen. Ich merke, dass mir das gefehlt hat.

Was vermissen Sie denn jetzt?Die Flughäfen sicher nicht. Aber das aktive Musikmachen fehlt mir schon – nicht einmal so sehr die Konzerte, aber die Proben. Die Atmosphäre dort, der ganze Prozess der Vorbereitung auf eine Aufführung.

Ein Geiger kann zu Hause üben, ein Dirigent nicht.Nein, wir sind vollkommen abhängig von den Orchestern. Ich könnte mich natürlich ans Klavier setzen, aber das ist nicht dasselbe. Es gibt keine Abkürzungen in meinem Job. Viele junge Dirigenten fragen mich deshalb derzeit, wie sie üben können.

Und?Früher hat man ja immer gesagt, ein ernsthafter Dirigent hört sich auf keinen Fall «fremde» Aufnahmen an, der studiert die Partitur. Dabei lernt man so viel beim Hören! Ich selbst höre derzeit ständig Musik, mehr denn je. Schon zum Frühstück.

Was hören Sie denn morgens?Oft Dinge, die ich noch nicht kenne, in den letzten Tagen etwa diverseneuere Stücke von John Adams; ich wollte einfach wissen, was ich verpasst habe in den letzten Jahren. Ich will informiert sein, mir eine Meinung bilden können. Auch Jazz höre ich immer viel. Im Moment auch Bossa Nova. Oder heute eine alte Genesis-Platte, aus der Zeit, als Peter Gabriel noch dabei war. Und dann sind da all die Streamings: Diabelli-Variationen mit Barenboim, brillant. Oder Archivaufnahmen der Münchner Philharmoniker mit Celibidache, die kannte ich nicht.

Also keine Langeweile?Ich kann wirklich nicht verstehen, wenn jemand über Langeweile klagt. Ich glaube, mir war noch nie im Leben langweilig, und das hat sehr viel mit der Musik zu tun. Sie ist ein Freund, der immer da ist. Das merken gerade jetzt viele, die allein sind.

Tatsächlich ist die Musik derzeit für viele sehr wichtig. Die Menschen singen auf den Balkonen, stellen Hauskonzerte ins Netz.Ja, es scheint in dieser Krise nichts zu geben, was so direkt wirkt wie die Musik. Wenn also jemand noch einen Beleg gebraucht hat für ihre Bedeutung: Hier ist er. Viele wollen auch über Musik sprechen, etwas lernen. Ich erhalte so viele Anfragen von Leuten, nicht nur von Musikern, die über Brahms diskutieren wollen. Oder eben übers Dirigieren. Es haben alle so genug davon, immer nur über das Virus zu reden! Ich habe deshalb angefangen, solche Fragen in einem Onlinetalk zu beantworten. Auch das gehört zu dieser Krise: dass man Dinge tut, auf die man früher nie gekommen wäre. 

Man sieht Sie bei diesen Talks vor einem Kamin sitzen. Andere Musiker spielen in Socken Klavier oder haben zweifelhafte Kunst an den Wänden. Was macht das mit einer Kunstform, die auch optisch so streng ritualisiert ist?Genau das gefällt mir an diesen Streams, dass man menschlich sehr vieles mitbekommt. Es ist alles sehr entspannt. Vielleicht ist es ein guter Moment, um neues Publikum zu gewinnen. Die Menschen sind für vieles offen derzeit.

Wird die Krise das Image der klassischen Musik verändern?Ich hoffe es. Wenn man sieht, wie sich die Welt in letzter Zeit entwickelt hat, kann man zwar skeptisch werden. Da hatte man ja schon zuweilen den Eindruck, dass die Menschen die Lektionen der Vergangenheit sehr rasch wieder vergessen haben. Aber ich bin kein Pessimist, im Gegenteil. Ich hoffe wirklich, dass etwas Gutes zurückbleibt.


Was könnte das sein?Die Erkenntnis, wie wichtig musikalische Bildung ist. Ich bin überzeugt davon, dass eine frühe Auseinandersetzung mit Musik oder mit Kunst allgemein mitfühlendere, intelligentere Menschen hervorbringen würde. Und Politiker, die ihre Länder besser führen könnten als unsere heutigen. Ich rede nicht von der Schweiz; aber in den USA und auch hier in England sieht man gerade, was es bedeutet, wenn unkultivierte Leute am Ruder sind, Menschen ohne Empathie. Diese Empathie lernt man nicht an der Business School, auch nicht in den Wissenschaften, sondern durch Kultur. Durchs Zuhören, durch die Auseinandersetzung mit subtilen, tiefgründigen Dingen.

Bis diese Auseinandersetzung wieder live stattfinden kann, wird es dauern.Ja, Konzerte und Sportveranstaltungen werden wohl die letzten Dinge sein, die wieder erlaubt werden. Vielleicht werden wir erst in kleinem Rahmen öffnen müssen. Man weiss es nicht.


Wie bereiten Sie sich darauf vor?

Ich arbeite jeden Tag. In Tokio ist die «Carmen» geplant, in Zürich Beethovens «Fidelio», in Bremen seine «Missa solemnis». Ich weiss nicht, ob diese Aufführungen stattfinden werden, aber ich muss vorbereitet sein.

In Zürich werden Sie auch Tschaikowsky-Sinfonien nachholen müssen, wenn die begonnene Gesamtaufnahme vollendet werden soll.Ja, wir werden sehen, wie sich die fehlenden Werke sinnvoll in die zukünftigen Programme einpassen lassen. Aber wir werden die Aufnahme sicher fertig machen, und ich habe überhaupt keine Sorge, dass das Momentum dafür vorbei sein könnte. Es ist wie bei einem Champagnerkorken: Wenn wir wieder starten können, werden wir explodieren vor Energie.


https://www.tagesanzeiger.ch/empathie-lernt-man-nicht-an-der-business-school-857895803187