The reason why world-renowned conductor Paavo Järvi is loved by orchestras around the world [Part 2]

Cocotame

Sony Music group

23.08.23

Text/Interview: Akira Miyamoto
Photography: Mugiya Shinoda

Cocotame Series

今、聴きたいクラシック

世界を股にかけて活躍する指揮者、パーヴォ・ヤルヴィが世界中のオーケストラから愛される理由【後編】

2023.08.23

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遠い昔に生まれ、今という時代にも息づくクラシック音楽。その魅力と楽しみ方をお届けする連載「今、聴きたいクラシック」。

今回は世界的指揮者、パーヴォ・ヤルヴィのインタビューをお届けする。欧米の一流オーケストラの要職を歴任し、2015年からはNHK交響楽団の首席指揮者を務め、2022年9月には同楽団の名誉指揮者に就任。日本のクラシック音楽ファンからもあつい信頼を寄せられるマエストロである。

エストニアの音楽一家に生まれ、アメリカに移住してレナード・バーンスタインに学んだ経験を持つコスモポリタン(国籍などに左右されない世界的視野を持つ人)な音楽家、パーヴォ・ヤルヴィが世界中のオーケストラから愛される理由とは? 故郷で過ごした少年時代から、オーケストラと向き合うときの音楽哲学、60歳を迎えた現在の活動に至るまで、たっぷり語ってもらった。

後編では、指揮者の父のもと遊びながら音楽を学んだ少年時代、一家でアメリカに移住して感じたカルチャーショック、日本への思いなどについて聞いた。

  • パーヴォ・ヤルヴィ プロフィール画像

    パーヴォ・ヤルヴィ

    Paavo Järvi

    1962年、エストニアの首都タリン生まれの指揮者。1980年にアメリカへ渡り、カーティス音楽院に入学。ロサンゼルス・フィルハーモニック・インスティテュートではレナード・バーンスタインに学んだ。指揮者として国際的なキャリアを歩み出した30代から、スウェーデンのマルメ交響楽団を皮切りに、ストックホルム王立フィルハーモニー管弦楽団、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン、シンシナティ交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、NHK交響楽団、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団などの要職を歴任してきた。2023年4月にNHK交響楽団との『バルトーク:管弦楽のための協奏曲&中国の不思議な役人』と、パリ管弦楽団との『ラヴェル:管弦楽曲集』の2枚のアルバムをリリース。

合唱はエストニア人のアイデンティティ

今年4月、名誉指揮者としておよそ1年半ぶりにNHK交響楽団の指揮台に帰ってきたパーヴォ・ヤルヴィが指揮したのは、R.シュトラウスにフランス近代音楽、そしてロシア音楽。今回も多国籍なレパートリーを聴かせた。

NHK交響楽団との4月定期公演Cプログラム公演後のX(旧Twitter)

指揮者として国際的なキャリアを歩み出した30代から、スウェーデンのマルメ交響楽団を皮切りに、ストックホルム王立フィルハーモニー管弦楽団、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン、シンシナティ交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、NHK交響楽団、そしてチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団というように、ドイツ、アメリカ、フランス、日本、スイスのオーケストラの要職を歴任してきた。

そんな“コスモポリタンな音楽家パーヴォ・ヤルヴィ”は、どんな環境から生まれてきたのだろう。これまであまり語られていなかった少年時代の思い出を振り返ってもらった。

パーヴォ・ヤルヴィ画像1

パーヴォ・ヤルヴィは1962年12月30日、エストニアの首都タリンで、名指揮者ネーメ・ヤルヴィの長男として生まれた。バルト海の東海岸沿いに位置するエストニアは、ラトビア、リトアニアとともに「バルト三国」と呼ばれる一国。18世紀のはじめから長くロシア帝国やソビエト社会主義共和国連邦(以下、ソ連)の統治下に置かれ、何度かの独立運動や自治蜂起を繰り返したあと、1991年に実質的に独立した。

彼らの民族意識、愛国意識を象徴する存在として、母語エストニア語とともに重要な役割を果たしてきたのが合唱で、既に19世紀半ばから国民行事として大規模な合唱の祭典「全国歌謡祭」が開かれてきた。特にソ連時代末期の1988年には、タリンで「歌う革命」と呼ばれる合唱集会が開かれ、独立を求めて集まった30万人の民衆によるエストニア語の歌の合唱が夜中までつづいたと言われる。

「エストニア人なら誰でも、合唱で歌うことに関わっています。大学、警察、医師、教師、どんなグループにも必ず合唱団があります。たとえ音楽家を志す人でなくても、合唱することが当たり前なのです。私も声変わりするまではずっと少年合唱団に入っていました。4年に1度(現在は5年に1度)の全国歌謡祭では3万人がステージに上がり、100万人がそれを聴きに集まるのです。歌うこと、歌を通じて祝うということは、エストニア人のアイデンティティです」

パーヴォ・ヤルヴィ画像2

全国歌謡祭は、日本の和食と同じくユネスコの無形文化遺産に登録されている。ただ、パーヴォ・ヤルヴィ少年の所属していた少年合唱団は、民族主義的なレパートリーを歌うよりはむしろ、かなりプロフェッショナルな活動をしていたようだ。

「ヴェリヨ・トルミスやアルヴォ・ペルトといったエストニアの作曲家の作品も歌いましたが、それよりも、合唱のスタンダードなレパートリーであるバッハやモーツァルトを歌っていました。オーケストラのコンサートで歌うことが多くて、例えばモーツァルトの『ハ短調ミサ曲』を歌ったのをよく覚えています。もちろん無伴奏やピアノ伴奏の合唱曲も歌いました。かなり幅広く、さまざまな作品を歌いましたね」

指揮者の父のもと、遊びながら学んだ音楽

エストニアは言語的にも文化的にも、バルト海の対岸にあるフィンランドとの関わりが深い。パーヴォの名前がフィンランドを代表する大指揮者、パーヴォ・ベルグルンドから取られたことはよく知られている。

「そうです。パーヴォ・ベルグルンドが私のゴッドファーザー(代父)です。シベリウスとも交流のあったあの伝説的指揮者と私の両親はたいへん親しくしていましたので、尊敬の意味を込めてパーヴォという名前をもらいました」

つまり、生まれながらに世界的指揮者の道を歩み始めていたと言えるかもしれない。実際、ごく幼いころから音楽を学ぶ環境で育ったという。

パーヴォ・ヤルヴィ画像3

「父が指揮者ですからね。とても幼いころから音楽を勉強し始めました。ピアノと打楽器を始めたのは5歳ぐらいだったでしょうか。少年合唱団で歌い、タリンの音楽学校では打楽器と指揮を学びましたが、指揮に関しては既に幼いころから父に教わっていたのです。

当時は子どもの遊び感覚ですが、今考えれば、自宅がマスタークラスだったようなものです。家で父はいつもレコードを聴いていました。そして私と1歳下の妹(フルート奏者のマーリカ・ヤルヴィ)を自分の横に座らせて、スコアを見ながら、『今どこを演奏しているかな?』『今聞こえた楽器は何だろう?』というようにクイズを出すんですね。『ここは3拍子? それとも4拍子?』、私たちが『4拍子!』と答えると、『じゃあ、ちょっと指揮してごらん』とやらせてみて、『ちょっと手首が硬いな』とか、『肘が上がりすぎているよ』とか、『ブレス(息継ぎ)をしなきゃダメだよ』とか、指揮法の基本も教えてくれました。

指揮者という仕事の大部分はスコアを勉強することです。こうして一緒に音楽を聴きながら、『アレグロ(速く)というのはどういう意味?』『ストリンジェンド(だんだん速く)は?』とか、『この旋律をどの楽器が重なって弾いているのか?』といったオーケストレーションの知識まで、父の説明のおかげで、私たちは幼いころから、まるでゲームで遊ぶように身につけることができました。そして私と妹は、父のほとんどすべてのリハーサルについて行きました。そのまま残って本番も聴きました。劇場で育ったのです」

ヤルヴィ家ではいつも、あらゆる種類の音楽が流れていたという。

「父はオペラハウス、シンフォニーオーケストラ、そして室内オーケストラの首席指揮者を同時に務めていましたから。当時はソ連時代のエストニアですので、ロシアの音楽が多かったですね。父も、当時レニングラードと呼ばれていたサンクトペテルブルクで音楽を学びました。私の大切なレパートリーでもあるロシアの作曲家、ショスタコーヴィチへの思いは、こうして幼いころから培われていたのではないかと思います。

父はロシア音楽だけでなく、モーツァルト、ベートーヴェン、ハイドンなど古典派の音楽も好きでした。特にハイドンを愛していて、家でもよくピアノ連弾でハイドンの作品を弾きましたし、のちにはマーラーも指揮するようになりました。交響曲第4番が大好きでしたね。

そして私自身の成長過程では、アルヴォ・ペルト、ヴェリヨ・トルミス、エドゥアルド・トゥビンをはじめ、たくさんのエストニアの作曲家たちの作品も多く聴きました」

一家でアメリカ移住、すべてがカルチャーショック

1980年、パーヴォ・ヤルヴィが18歳になる年、ヤルヴィ一家はアメリカに移住する。ソ連からアメリカへ。危険な出国だったはずだ。

「ソ連時代ですから、出国はもちろん困難でした。それにはとても長いストーリーがあるので、今ここで詳しくお話しはできませんが、母がうまく成し遂げてくれて、私たちはなんとか出国することができました。当時、家族全員でソ連から出国するのは非常に珍しいことだったんです。私たちはニューヨークに住み、私はその数年後に、カーティス音楽院で学ぶためにひとりでフィラデルフィアに行きました。

アメリカではびっくりすることばかりでしたね。ソ連は非常に閉鎖的な社会でしたので、ほかの国のことはまったく知りませんでした。そんな人間がいきなりニューヨークに行ったのです。すべてがカルチャーショックでした。人の多さや自動車の数、高層ビル群、食べ物……。当時のエストニアの人口が100万人なのに比べて、ニューヨークの小さな区画だけでも、エストニアの全国民よりも多くの人が住んでいるのです。すべてが私の知っていることと違っていました。鉄のカーテンの時代のソ連の閉ざされた小国では、外国について知ることができるのは、古い映画、それも限られた映画からだけだったのです」

パーヴォ・ヤルヴィ画像4

アメリカの音楽界で頭角を現わしたパーヴォ・ヤルヴィだったが、同時にオーケストラという組織について学ぶ機会にもなったと語る。

「アメリカで学んだことは私にとって非常に有益でした。カーティス音楽院でのとても濃密な音楽教育はもちろん、その後、2002年から2011年まで、シンシナティ交響楽団の首席指揮者を務めたことも大きな経験でした。

アメリカのオーケストラというのは、一般的にイメージされる音楽団体とはかなり違っていて、一種の“企業”なんですね。理事会があってCEOがいて、労働組合と経営者の関係がしっかりとできています。事務局、マネジメント、指揮者、オーケストラが、関係し合い、反応し合いながら相互作用が生まれるのです。

すべては楽団が生き残り、財源を確保するファンドレイジングのためのシステムです。アメリカのオーケストラは基本的にファンドレイジングだけで運営されていますから。若い時期にそうしたアメリカのオーケストラのシステムのなかで経験を積むことができたことは、非常に良かったです。ヨーロッパやアジアのオーケストラでは学ぶことが難しい、企業としてのPRの方法とか財源の確保の仕方、そういったことを勉強することができました」

パーヴォ・ヤルヴィ画像5

アメリカではレナード・バンスタインにも師事したパーヴォ・ヤルヴィ。そのころの話もぜひ聞きたかったのだが、残念ながらインタビューの時間切れ。また機会があれば、つづきを聞いてみたい。最後に、7年間にわたって何度も訪れた日本の印象を尋ねた。

「大切なのは、まずなんと言っても、NHK交響楽団との素晴らしい関係です。彼らと一緒に音楽を作っていくのはいつも大きな喜びでした。いっぽうで、普通のひとりの人間としては、美味しい食べ物がたくさんあること、その選択肢が幅広いことは実に素敵です。日本で過ごしている間に、親しい友人と食事をするのは最高の喜びです。私にとっての日本は、友人であり、食べ物であり、そして音楽です。

ただ、指揮者というのがいかに忙しいものか、皆さんあまりご存じではないかもしれませんね。3週間滞在したとしても、自分の自由になる時間は数時間しかないのですよ。オフのときにも、こうやって取材が入りますし(笑)。特に首席指揮者の場合は、さまざまな仕事に時間を取られるので、観光に出かける時間はまずありません。ただ、ときどきは友人に連れられて出かけることもありました。特に温泉は最高ですね。

苦手な食べ物ですか? 私は好奇心旺盛なので、何でもトライするほうなんです。嫌いなものは、本当にひとつもありません。どれも美味しく感じられます。特にシーフード! 築地にも行きましたよ。日本のシーフードは最高です。あと、ヌードルもね。えーと、ソバじゃなくて……。ほら……。あ、いや、蕎麦です! うどんじゃなくて蕎麦のほう」

今年は10月に、現在首席指揮者兼音楽監督を務めるチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団とともに再び来日。独奏者として2021年のショパン国際ピアノコンクールの覇者、ブルース・リウを迎えて、小倉、東京、所沢、富士市、大阪の5都市(全6公演)をめぐる。

「チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団と日本を訪れるのは初めてです。これで、要職を務めたすべてのオーケストラと来日することになるのですよ」

そう言って、少し得意げに笑ったパーヴォ・ヤルヴィ。秋は新蕎麦の季節。多忙なツアーの合間を縫って、友人たちと美味しい蕎麦を味わう機会を、虎視眈々と狙っているに違いない。

文・取材:宮本 明
撮影:篠田麦也

リリース情報

『バルトーク:管弦楽のための協奏曲&中国の不思議な役人』ジャケット画像
『20世紀傑作選5 バルトーク:管弦楽のための協奏曲&中国の不思議な役人』
パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK交響楽団
発売日:2023年4月12日
価格:3,630円
 
『ラヴェル:管弦楽曲集』ジャケット画像
『ラヴェル:管弦楽曲集』
パーヴォ・ヤルヴィ指揮 パリ管弦楽団
発売日:2023年4月12日
価格:3,300円

パーヴォ・ヤルヴィ コンサート情報

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団
ブルース・リウ(ピアノ)
10月15日(日)15:00 北九州:北九州ソレイユホール
10月16日(月)19:00 東京:サントリーホール
10月18日(水)19:00 東京:サントリーホール
10月19日(木)19:00 所沢:所沢市民文化センター ミューズ
10月20日(金)19:00 富山:富士市文化会館 ロゼシアター
10月21日(土)15:00 大阪:ザ・シンフォニーホール

関連サイト

パーヴォ・ヤルヴィ ソニーミュージックオフィシャルサイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/PaavoJarvi/

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